君は光
‐連理の枝 番外編‐
フィヨルドと針葉樹が織り成す北欧の一画に、少し古びた感じの館が建っていた。
数か月前までは誰も生活をしていなかったが、初夏を過ぎたあたりから、数人の住人が生活を始めた。
二人で暮らすには少々広過ぎる感じのする館。
その庭を望むテラスに、紅茶色の髪をした青年がガーデンチェアに腰掛けてのんびりしていた。
庭に面した部屋から、長身の男性が本を片手に出てくる。足音は聞こえない。
わざとそうしているわけではないが、習い性で足音をたてずに歩く癖がついているのだ。
しかし、男性が青年に声を掛けるより先に、青年が振り返り、声を掛けた。
「シャア、良い本あった?」
先に声を掛けられた男性は、驚きを隠せない表情を見せ、青年に向かって尋ねた。
「何故、私が近づいたのが判った?気配か?アムロ」
アムロは緩やかに首を振ると、少し照れたようにはにかんだ笑顔を見せながら言った。
「金色の光が視界に入った感じがしたから・・・。貴方の髪が日差しを弾いたんだろうけど・・・。貴方は、戦いの時は紅く燃え盛るけど、穏やかな時はきっと金色に光るんだよ」
頬は赤みが差している。
シャアは本をガーデンテーブルに放り投げると、アムロの頭を胸の中にかき抱いた。
いきなりな行動にアムロは驚き、「なっ・・・、何するんだよ、いきなり」と、身を捩って腕の中から逃れようとするが、シャアの腕はこゆるぎもしない。
シャアは切なげに息を吐くと、無頓着に嬉しくてたまらなくなる言葉を告げる同居人(シャアとしては恋人と思っているが・・・)に少し怒った様に告げる。
「いきなりなのは君だ。何度私の心をかき乱せば気が済むんだ。一緒に暮し始めてから、私はいつも君の言葉に行動に心躍らされる。私ばかりが君に夢中になって、のめり込んで行く様だ」
シャアの言葉にアムロの動きが止まり、ゆっくりと背中に手を回してくる。
「ばぁか。俺だって貴方にときめいているよ。自分だけ夢中になってると思うなよな」
拗ねた様な口調で言いながら、頬は朱に染まっている。
シャアはアムロの顔を胸から少しだけ離すと、両頬を包み込んで唇にそっと口付ける。
触れるだけの口付けなのに、アムロは眼を最大に見開いて固まってしまう。
「なっ・・・、いっ・・・、今・・・、何をした?」
「愛しい君に触れたいと強く思ったから口づけたのだよ」
言うなりシャアは、再びアムロの唇を己のそれで塞ぐ。
軽く触れるだけの口付けは、少しずつ深くなっていった。
開いた唇から滑り込んだ舌は、怯えて逃げるアムロの舌を絡めとリ、口腔内を蹂躙する。
アムロは抗議の声をあげ様とするが、塞がれた口からはくぐもった音しか出ない。
息苦しさに背中を叩いてみても、シャアのキスは幾度も角度を変えて、息すら掠め取る様なものになる。
アムロの意識が薄れかかった頃になり、ようやくシャアはアムロの唇を開放した。
はぁはぁと荒い息をしながら涙目になっているアムロを再び胸にかき抱くと、
「君のすべてを私のものにしたい。私だけのものに・・・。誰にも見せず、何処へも出さず、私という世界の中に閉じ込めておきたい!」
激情を込めた言葉がアムロの耳に注ぎ込まれた。
シャアの激しい思いを、アムロは疑う事無く感じ取った。
『シャア』という自分自身のすべてを、そのまま受け入れて理解してくれる存在。それはアムロ一人であり、それ故に誰にも讓る気はないと決意している。
シャアの想いは、アムロにとっては息苦しくもあり同時に甘い足枷の様でもあった。
だからアムロは、素直に自分の思いをシャアに告げる。
「俺は何処にも行かないよ。貴方と共に歩くと言った時から、貴方の為にだけ、この先の人生を使うと決めているんだから・・・。でもね、貴方という世界で、安穏と暮していきたくはない。生きている限り社会に貢献する事は、大人としての務めだろ?俺は、俺の出来る事を社会に返して行きたいんだよ」
アムロの見事なまでの論説に、シャアは言葉も無く耳を傾けていた。
そして、自分のあまりに狭い考え方に恥ずかしさを感じた。抱く力を緩めると、アムロはシャアの胸を軽く押し返し、見上げる様にして更に告げる。
「だから、盲人用の点字本の蔵書を作るんだよ。セイラさんの病院に置いてもらって、子供たちにも読める様にね。その為に本を持ってきてもらったんじゃないか」
身体をガーデンテーブルに向き直すと、点字タイプに指を置く。
「さぁ、読んでよ。貴方の声、心地よくって大好きなんだからさ」
あまりにストレートな告白に腰砕けになりながらも、シャアはアムロに促されて持ってきた本を取り上げた。
少し分厚いこの本は、ファンタジーに分類される物語で、長編作品であるが、子供が喜びそうな話である。
シャアはページを繰りながら、ゆっくりと読んでゆく。
シャアの声を聞きながら、アムロの指はピアノを奏でる様にタイプをリズミカルに打ってゆく。
声と音が重なって、まるで音楽が流れている様である。
シャアは、タイプを打つアムロを見ながら、心の中で囁きかける。
『私が光ると言うのなら、君が私の中に光を届けてくれているからだよ。愛情という光を』
その声を心で聞き取ったのか、タイプを打つ手が止まり、アムロの顔がシャアに向けられる。
日差しを受けて煌く琥珀の瞳は、見えないながらも
シャアのまなざしを受け止めると、ふわりと微笑んだ。
テラスの暖かな風景を室内から見つめるセイラの眼には、幸せの涙が滲んでいた。
君は(貴方は)・・・私を(俺を)照らす光。
進む道を示す光。
二人で居れば、暗闇に迷う事無く、淋しさに心凍える事も無い。
2006 03 30 脱稿