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愛するルシア

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ぱきりと胸元の認識票を折って、半割りのそれを一度ぎゅっと握りしめた。
そうしてから指を開き、泥まじりの雪を払う。すると氏名や所属の他に、明らかに手彫り
の粗さで「愛するルシア」と刻まれていた。
はーっと深く息を吐いて、プロイセンはベルトの弾薬盒にカランとそれを落とす。これで
何個目かなんて数える気にもなれない。同僚の認識票を同軍の者が勝手に持ち帰って
いい筈もないが、仮にも国家体現者でありそれなりの特権も持ち合わせている身でビクつ
くことでもない。何より咎める生者がそもそもいない。
本来、戦死者算定か捕虜識別の為の装置でもある認識票に、支給時に入れられた以外
の文字を刻むのは規則違反だ。けれどここ最近はどいつもこいつも何がしかの言葉を刻む。
まともな遺言など書いても、届きやしないと知っているのだ。
だから皆、一番純粋で一番未練がましい言葉を綴る。
そこには既に再会を望む文言は無く、遺される者の幸福ばかりが願われていた。
どうかどうか健やかに、どうぞどうぞ幸せに。
それだけが未練だと。

湧き上がりかける謝罪と懺悔の代わりに、短く祈りの言葉を紡いだ。
おとずれる筈もない安らかな眠りを、それでも神に願う。












「東部の全戦域が崩壊してる、分かってるんだろう」
「状況の報告は受けている」
「だったら、さっさと撤退命令を出させろ!」
人払いをした作戦会議室で、向かい合うプロイセンは噛み付くように声を荒げた。
「白ルテニアでどれだけ死んでると思ってるっ」
「分かっている。報告は受けたと言っただろう」
「報告以上にだ!」
バァンと作戦地図テーブルに掌を叩きつける。盤上の駒がばらばらだ。
「…西も連合軍の上陸を受けている。厳しいのは東だけではない」
「ならフランスから兵を退け!東部だってどうせ押し戻される」
占領地を全部返還して両手を上げて休戦でも請うて来い、どうせ聞いちゃもらえねぇだろ
うがな。矢継ぎ早に吐き出して、もう一度プロイセンがテーブルを叩いた。

ドイツは困惑していた。兄に何があったのだろう。兄はどうしてしまったんだろう。いつ
もはドイツに対して、こんな風に声を荒げ、まるであの民族裁判の裁判長みたいな一方的
に畳み掛けて意義もない言い方はしない。怒鳴りつけるにしても、叱るなり諭すなり必ず
最終的な実りの目的をもってする人なのに。
こんな風に、ただ苛立ちを無為にぶちまける兄を、ドイツは知らなかった。
「どうしたんだ兄さん、貴方らしくもない」
「……」
「部屋の外にまで聞こえてしまっているぞ」
「……ドイツ」
「何だ」
「ドイツ帝国よ」
元から白い顔が更に、紙のように生気なく真っ白だった。赤紫の瞳だけが鈍い色を放つ。
「ゲルマンの希望の子、ドイツ帝国。お前は後悔するぞ」
「…は…何、を」
「必ずどんな形であれ、お前は己の選択を後悔するだろう」
さっきまでとは違う、静かな低い声で必ずだと繰り返した。
それはまるで呪いだった。破滅よ来たれと望む呪い。
「国は何でできている?国がなくても人は生きる、だが逆はない」
「…っ、そんな事は今さら貴方に教えてもらう必要はない!」
「知っているっていうのか?ならお前は分かっていない、理解していないんだ」
その断定には、さすがにドイツも腹が立った。理解ならしている、と叫びかけた口をプロ
イセンは視線で封じて、どちらにしろと呟いた。
「分かってようがいまいが全部今さらだ、人間は死んだら終わりだ」
「……兄さん?何の話をしてるんだ、今は…」
「分からないか?だからお前は理解していないっていうんだ」
全てを諦めたように波のない声だった。けれどドイツは紛れもない呪いを聞いているよう
な錯覚を覚えた。今は敵国の島国が、いつだか酔いに任せて「俺は兄貴どもに生まれた時
から呪われているんだ」と嘆いていた。不幸であれと呪われていると。
この瞬間に彼の隠せない悲嘆の声を思い起こした自分にドイツ自身が戸惑った。
しかしそんな弟の戸惑いを無視して、ドイツ帝国の礎であったはずの兄は言葉を吐く。


「そして必ず全てを悔いる。その無知を」
かつてドイツに地上の全ての栄光をと祝福したその口で、何にも勝る呪詛の言葉を。



                            <愛するルシア>
作品名:愛するルシア 作家名:_楠_@APH