会心の一撃
全身の血液の流れに意識を傾ける。
力強く拍動する心臓と、そこから送り出されて隅々まで行き渡る血潮。指の先まで巡る感覚が心地良い。
等々力は閉じていた瞼を押し上げて、前方にひしめく桃太郎の集団を視界に収めた。
一般人が多くいる住宅地から森の中に誘い込むのは随分骨が折れたが、これで思う存分やれるというものだ。
「みんな下がっていろ」
後方に控えていた鬼國隊の仲間たちに声を投げる。
「ほどほどにな」
「任せろ」
鳥飼の忠告に短く応じると、周囲の風という風を自身のもとへと集約させていく。
陽光を遮るほどの背の高い木々が揺れて、がさがさと騒がしく隣合う木の枝葉を打ちつける。
白いコートを羽織った男が何かを叫び、桃太郎たちが一斉に距離を詰めてきた。
等々力は己を中心として足元から捻り上げるように風を纏い、激しい暴風の中ですらりと抜刀する。
黒い靄が桃太郎たちから沸き立ち様々な形状を成していくが、どれもこちらには届かない。刃のように鋭く吹き荒ぶ風により、霧散していた。
低く腰を落として、刀を構える。
ふっと短く息を吐くと同時に、真横に大きく薙ぐように刀身を払った。
自身が纏っていた風を刀身に付与し、更に広範囲の風をも巻き取りながら振るわれた斬撃は、太い木々を容易に薙ぎ倒しつつ暴力的に桃太郎に襲いかかる。
地面と水平に横たわりうねりを上げて破壊していくそれは、さながら横倒しになった竜巻のようで。
砕けた木々も凶器となり、風のスクリューによってちぎれた人体を更に切り刻んでいく。
時間にして、ものの数秒のことだっただろう。
等々力の前方は綺麗に吹き飛ばされ、鬱蒼としていた森は天災にでも見舞われたかのように、一人の男を境にごっそりと消失していた。
「随分見晴らしが良くなったなぁ」
「鳥飼さんがほどほどにって言ったのにー」
後ろで百目鬼が笑い、乙原が呆れた声をあげる。
討ち漏らした桃太郎がいないかと視線を走らせていた等々力は、根こそぎ無力化したことを確認してから刀を鞘におさめた。
「これでも抑えたぞ。向こうは街だからな!」
「街はそっちじゃなくてあっちな。でもまあ、地形が変わらなかっただけマシなほうだろ」
あらぬ方向に視線を向ける等々力に苦笑し、鳥飼が住宅街が広がるほうを親指で示す。その更に奥にはそれなりに栄えた駅があったはずだ。
木は根本から掘り起こされ、ひしゃげて粉々になっている。
ちょっとしたグラウンドさながら、すっかり更地となった土地には燦々と暖かな陽が降り注いでいて、先程までの物々しさなど無縁の穏やかさだ。
まだ昼時をまわった時分で、冬に片足を突っ込んだこの季節、ちょうど良い気候に気持ちが大きくなる。
「せっかくだ、少し寄って行こう」
等々力が提案すると、不破と百目鬼は調子良く手を叩いて喜んだ。
「さっすが大将や!」
「期待を裏切らねーなぁ!」
次の目的地は隣の県だ。
鳥飼の黒鳥に乗って山沿いにいけばすぐ着くし、桃太郎の誘導のために皆には随分走らせてしまった。休息も必要だろう。
「明日には潜入したいところですが、いつ出発しますか?」
「陽が沈んでからにしよう」
蛭沼の問いに答え、集合場所と時間をあらかじめ決めてその場で散開した。
皆が駅の方へと足を向ける中、同じくその後ろをついて行こうとした等々力の腕がおもむろに横合いから引っ張られ、たたらを踏んだ。
腕を掴んでいたのは鳥飼だったが、彼は何も言わずに木々が残っている森の中へと踏み入っていく。陽光は遮られ、周囲は薄暗くなる。自然と空気の温度も下がり、肌寒く感じた。
しばらくすると鳥飼が立ち止まって振り返る。
同時に掴まれていた腕も解放された。
「お前、怪我は?」
「特にない。羽李が背中を守ってくれたおかげだ。ありがとう」
桃太郎を誘導するために走り回っていた際に、何度か敵と遭遇して交戦にもつれ込むこともあった。
障害物があっても能力を振るうに際して問題はないが、一般人の生活への影響を思えば風鬼の力は使えない。
血蝕解放で応戦していたが、死角からの攻撃に反応し損ね、鳥飼が黒鳥の羽で庇ってくれたのだった。
鬼の回復力は人間とは違う。鬼神の子ともなれば尚更だ。
傷を負うことに特に躊躇いはないが、素直に礼を述べると正面から思いきり抱き締められた。
「っ羽李…?」
「…毎度毎度、無茶しやがる…」
心配をかけてしまっていたことに、申し訳なさと嬉しさが込み上げてくる。
安堵の息を大きくつく相手の背を、等々力は宥めるようにさすった。
「すまなかった。いつも助かっている」
「はぁー……、ここで『もうしない』だの『気をつける』だの言わねえことはわかってるよ。お前らしいわ」
「褒めているのか?」
「褒めちゃいねえよ。」
呆れ気味に切り返されて等々力が楽しそうに笑うと、鳥飼はそんな様子ににやりと口角を上げる。
「…言ってわかんねえ奴には、お仕置きが必要だな」
ぼそりとそう言うなり、身体を少しだけ離して片手を等々力の後頭部にまわし、もう片方の手で顎を捉えると抵抗の隙も与えずに唇を重ねた。
「んんっ」
咄嗟に頭をのけ反らせようとするが、顎に引っ掛けられていた手が腰にまわされると強く引き寄せられ、互いの大腿部がぶつかり合う。



