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空気を買う日

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いつか空気を買う日が来ても。




 なあんでこんなのに価値があるのかなあ、と沢田綱吉は苦笑した。彼はマフィアのドンである。けれど、彼の価値観はマフィアの価値観と真逆といってよかった。なので沢田綱吉、ボンゴレ10世は目の前に積まれた、自分のシマで流されていたお薬にはっきり不要のラベルをつけることができた。
 しかし、真逆の価値観をもつ人間とほぼ365日顔を突き合わせていた沢田は、ある日等々白旗をこっそり掲げた。まさにやってらんねえという心境で、部下の誰の目にも触れないようこっそり、弱音を吐き出すことにした。



 「金で買えないものってなんですかね」


 沢田は雑務と雑務の間、手伝いどころかボンゴレの懐を引っ掻き回す雲雀恭弥を、弱音を吐く相手に選んだ。


 「いきなり何」

 この人ならきっと、くだらないの一言で終わらせてくれるだろう。他のみんなのように真剣に悩んでくれたり慰めたりはしないだろう。それを期待して沢田は弱音のタンクの栓を緩めた。

 「いやふと思ったんです。なんか、最近みんな外で会う人お金のことばっか考えてて、
 拝金主義っていうかなんでも金で買ってみせるって本気で言った人がいましたよ」

 タンクはもうパンパンであったが、それでも細々と恐る恐るとしか弱音をださない。ボスとして許される最大限の弱音の量を、沢田はもうわかっていた。


 「思うんですよ。もしかしたらその人たちのほうが正しいのかなって。 
 いつか、そうそれこそ何でも・・・全部金で買える世界がやってくるんじゃないかって」

 「妄言だね」
 
 雲雀はあっさりと沢田の半ば独白を鮮やかに断ち切った。それに沢田は少し救われて、笑った。こんなのは本当に討論するに値しない感傷だ。そうもう大丈夫。吹っ切れた。


 「で?」
 
 吹っ切れた直後突然雲雀から話を促され、沢田は数テンポも反応が遅れてしまった。

 「はい?」
 「そういう世界がやってくるのは嫌なの、君」

 一瞬の沈黙の後先ほどの話が続いているのだと沢田は理解し少し驚く。雲雀自ら切った話を続けることは今までなかった。驚きながら「はい」と答えた。

 「何故」
 「いや、だっておかしい世界だと思いますよそんなの・・・もしかしたら」
 沢田は弱音の詰まったタンクに必死で栓をしようと努力をした。けれどこんな風に雲雀に聞かれてしまってはもうボス面をする余裕さえない。彼はまだ若かった。呼吸が、少し苦しい。泣いているみたいに声が喉に引っかかりそうに鳴る。
 「いつか、空気さえ、買う日さえ来るかもしれないじゃないですか」
 

 「空気、」
 「はい」
 「君は空気を買う日がやってきたら、嫌なの」
 「普通嫌でしょう」
 「どうして」
 「なんていうか世界終わった感じしません?」
 「わからないねちっとも」
 
 雲雀は皮肉でなく本当に理解していないようで、これが強者と弱者の違いかと沢田は感じた。
 きっと雲雀は空気さえ資本にしてしまう世界でも、自らを変えずに生きていけるのだろう。だから恐れない。彼が恐れるのはなんだろうか。
 ぼんやり考えていると雲雀が何の気負いもなく言葉を漏らした。

 「別にどうでもいいよ、二人分買えばすむことだ」
 「二人分?」
 「空気」
 こちらも見ず雲雀は続けて言った。



 「いつか空気を買う日が来たら、二人分買えばいい。それだけだろう」



  あっけなく言い放った雲雀に、沢田はぽかんと、本当にぽかんと間抜けな顔をする破目になった。
 何をいってるんだこの人は、二人分?空気を二人分買う?

 「…財団の人達とかのこと考えてます?」
 「君の群れの分含めて君が買うだろ」
 だから、僕は二人分だけ買えばいい話だろうといった雲雀の輪郭は驚くほど優しかった。

 雲雀は、本当どうしようもない暴れん坊だけれど、群れなんか本当に大嫌いだろうけれど、一度懐に入れたものを粗末に扱う人ではない。なのにもし救いようのない世界が来て、自分ひとりを守ることがやっとの世界が来て、財団も並盛も全部捨てることになっても。すべて、己が身以外全て失くすことになっても、雲雀恭弥は自分とあともう一人守っていくと、今沢田に向かって口にしたのだ。

 何の価値観にも染まることなどない雲雀が、本当にたんなる弱音を吐きたくなっただけの沢田に与えた言葉は、弱音全てを一瞬にして消してしまった。それは雲雀の価値観から出た言葉ではなく、本当に使い古された、既存の、太古の昔から存在した価値、誓いだった。










プロポーズは世界最終日まで有効です
(愛してるといえばいい、明日世界が終わるだけなら)
作品名:空気を買う日 作家名:夕凪