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奇妙な夜の話をしよう

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 アルコールを飲むのが好きだ。楽しいし、嫌なことを忘れられる。気分転換のひとつだ。ふわふわと夢心地で帰って、ベッドに飛び込んで、そのまま眠りにつくのが好きだ。そもそも酒を飲むのは自棄になったときか仕事が終わったときくらいだから、よく眠れる。けれども今夜は。今夜はどうにもうまくいかなさそうだ。
「どうしてあんたと一緒なんだ」
「…そんなのこっちが聞きたいくらいだ」
 男二人ぶんのため息が部屋に吐き出される。行き場のないそれらは、ずっしりと重い雰囲気をまといながら空中に消える。部屋に、アルコールの匂い。がんがんと痛む頭が、この状況が現実であることを告げている。男二人が街道沿いのモーテルで、一晩過ごすことになるなんて。
 会議のあと、たまたまその場に居合わせたメンツでバーに入ったのがそもそもの間違いだったのだと今になって思う。酔ったイギリスは服を脱いで暴れていたし、ドイツもビールを何杯も注文しては浴びるように飲んだ。いつの間にか一緒に来ていた奴らは消え、それどころか店内には誰一人として残っていない。店員に追い出されバーの外に出たところで、ようやくお互いの存在に気づいた。夜風にあたり酔いがさめたところで、罵り合っても仕方がない。不幸にも辺りには目印になるような店もなく、大通りには一台の車も走っていない。会議をしていたホテルから一体どうやってここまで来たのか、まったく思い出せなかった。自分たちを残していったあいつらを恨んでみたが今更だ。真夜中の一時、男二人が夜道をあるく。
 しばらく無言でいた二人だったが、外灯がまばらで暗いために建物を探すのも一苦労だ。春先といえど夜はまだ冷える。野宿だけは勘弁してほしいと思っていたそのとき、二人の視線の先に安っぽいネオンの光が見えた。《MOTEL》――、看板にはそう書かれていた。今夜はここで一晩明かして、明日の朝にでもタクシーを拾ってホテルまで戻ろう。幾分か軽くなった気持ちで、モーテルに足を踏み入れた。

「部屋がない?」
「あいにく、ダブルベッドのお部屋しか…」
 従業員はイギリスとドイツをちらりと見、申し訳なさそうに告げた。冗談じゃない――イギリスは罵りの言葉を吐こうと口を開いたが、それよりも早くドイツが言った。「ではその部屋を取ることにしよう。野宿よりはましだろう?」
 イギリスは苦々しげな舌打ちを以て、了承の意を示したのだった。
 思い直してみると野宿のほうがまだ良かったのかもしれない。ルームナンバーは201。悪くない数字だ。だけど相手が悪い。部屋に入った瞬間目に入ったダブルベッドを見て、イギリスは再度舌打ちをする。ドイツも眉間に皺を寄せてベッドから視線を逸らした。「まさかこんなことになるなんてな」、イギリスはスーツの上着を脱ぐととっととシャワールームへと行ってしまった。ドイツはその後姿を見送ると、自身もジャケットを脱いでベッドに腰掛けた。やれやれ、長い夜になりそうだ。
 これがイタリアや日本だったら、と思う。人付き合いは苦手だが、彼らとは随分打ち解けてきたはずだ。きっと楽しい夜になるのに、今この部屋にいるのはあのイギリスだ。苦手というレベルではない。自分もシャワーを浴びたらすぐに寝てしまおう。ネクタイを緩めて、大きく息を吐いた。

 熱いシャワーを浴びたイギリスが部屋にもどると、ドイツは横になっていた。タオルで髪を拭きながら近寄ると寝息が聞こえる。どうやら眠ってしまったようだ。向こうも疲れているだろうに、悪いことをしてしまったなと思いながら冷蔵庫のミネラルウォーターを嚥下する。サイドテーブルにボトルを置いてベッドにあがると、男二人をのせたそれはギシリと軋んだ。ブランケットを引っ張って、ドイツにかけてやる。ふと寝顔が目に入り、思わずじっと見てしまう。何しろこんなことは二度とないだろう。髪を下ろした彼は年相応の顔をしている。寝顔のせいか、いつもよりもずっと幼い。だれかの寝顔を見るなんていつぶりだろう。懐かしくてくらくらした。――まだ酔いがまわっているのかもしれない。
 ほどけた緊張のなかで、眠気がイギリスを襲う。ブランケットにもぐりこむと、ドイツの体温をより近くに感じた。もう一度彼を見つめる。金色のまつげは予想外に長かった。閉じられたまぶたの下に、隠れた色は何色だっただろうか? しっとりと汗ばんだ前髪をかきあげてやり、現れたおでこに軽いキスを落とす。眠る前のおまじないだ。Good night, sweet dreams――だけど明日には今日の出来事を忘れている二人は、互いの顔を見て口汚く罵り合うのだろう。この夜は誰の記憶にも残らないから、あなただけにお教えしよう。

20100511
『tell you some strange story of a night』
作品名:奇妙な夜の話をしよう 作家名:千鶴子