左目に触れるなかれ
我らが王子殿下は俺の左側に立つと、必ずこちらの顔をチラチラ窺う気配を見せる。
一体何なんだと気にはなっていたものの、何しろ本来なら俺みたいな海賊風情とは一生縁がなかったような身分のお坊ちゃんだ。おおかた下賤の者の横になど、本当は並びたくないのだろう……最初はその程度に思っていた。
だが視線に気づいた俺が王子に顔を向けると、必ずといっていいほど目を逸らされる。もし本当に俺を嫌っているのならば、睨み返された方がまだしも自然だ。そもそも顔の左側だけがやたらと見られているのが解せない。
不審に思ってしばらく観察を行った結果、どうも王子は単に、俺の左目の眼帯が気になるだけらしいと気がついた。そういえば初対面のとき俺の顔をしげしげと見つめて、本当に片目なのだなとよくわからん感心をされた気がする。
二人きりになったある時、王子にそれとなく水を向けてみると、
「……昔の愛読書に、お前のような男が出てきたのだ」
どうやら国にいた頃読んだ本に、やはり片目の海賊が出てきたらしい。子供の頃はその男が憧れだったと、小さな声で告白された。いつかその物語の海賊のように、自分の船で宝と冒険を求め自由に海を馳せてみたかった、と。
ふうん、と俺は顎髭をさすりながら、思ったことを正直に口にする。
「じゃあ夢が叶ったな」
どういう事情からかは知らないが、故国を出て冒険者稼業に足を突っ込んでいるのだから、少なくとも今のこいつは自由なはずだ。そう思ったから言っただけのことなのだが、王子は明らかに驚いた顔になった。そんな風に言われるとは思っていなかったようだった。
「……確かにそうだな。お前の言うとおりだ」
私は今自由なのだな……自分に言い聞かせるようにそう呟いた。そして言いにくそうに俺の顔を見上げる。
「……ところで、頼みがあるのだが」
「ん?」
「お前の左目に触れてみたい。構わないだろうか」
いいぜ、と俺は頷いた。
王子は身を乗り出し、恐る恐るという手つきで俺の眼帯に触れてきた。どの程度の力加減で触れていいのかわからないらしく、かすかに手が震えている。右目だけで見る王子はひどく真剣な表情をしていた。まるで硬くてもろい、大切な古い細工物に触れるみたいに。
「痛いか? お前が不快ならばすぐやめる」
「いや、大丈夫だ。直接触ってみるか?」
「いいのか」
「大事に隠しておくほど大層なもんじゃない」
眼帯の紐をほどくと、普段は隠れている片目が外気に触れる。
闇に閉ざされた左の瞼を、苦労を知らない指先の熱がそっと撫でた。羽根で撫でられているようだった。くすぐったいような、むず痒いような、寒気に似た疼きがわずかに身の裡で芽吹くのを感じた。もどかしいほど慎重に、王子の指はまだ俺の瞼を辿っている。
この手を引き寄せ、その体を組み伏せ、俺の腕の中に閉じ込めたら、こいつは一体どんな顔をするだろうか。
そんなに俺に近づいていいのかい、王子様。俺は本の中の海賊とは違うんだぞ。