待ちに待った手紙
一斉に小鳥達が大空へと飛び立ち、明るい街に一層にぎやかさを添える。
その音を耳にしながら、リムスレーアはファレナ女王としてはややはしたなく、うーん、と背伸びをした。
「ふぅ、今日の午前も大忙しだったのじゃ」
「ふふ、姫様? 午後もまだまだ忙しいんですよぉ? ゼアラントからの使者の方がいらっしゃってますから2時間ほど謁見と会談。それが終わりましたら午前の執務の残りと、それから……」
「もうよい、ミアキス。そのような細かいことは、昼食を取ってからじゃ」
若いというよりもまだ幼いと言った方が正しい女王は、午後の予定を報告する護衛の騎士に、うんざりとひらひらと手を振った。
「毎日毎日、よくも母上はこのようなことを繰り返しておられたものじゃ……。こんな仕事づくめの毎日では、もはや食事をとるくらいしか楽しみなど無いではないか」
「あまり食べ過ぎてしまいますと、太ってしまいますよぉ?」
「む……。わ、わらわは育ち盛りなのじゃ!」
と、ミアキスがからかうと、ぷんっと頬を膨らませてそっぽを向く。
しかし、その頬は以前に比べれば幼さの象徴とも言える丸みも取れて、ほっそりとした面差しになってきた。どことなく、前女王アルシュタートの面影も見える顔は、子供らしい愛らしさが徐々に女性としての美しさに変わっていく、そんな時期独特の美しさを見せている。
もう、あの戦争から3年。リムスレーアも13歳となり、昔のように可愛らしいだけではなくなってきていた。
時々、窓の外のはるか彼方を想う眼差しなどを見ていると、特にミアキスはそう感じることが多かった。何を想っているのかわかるだけに、余計に。
あんまり想われすぎる相手を考えると、ついついやきもちなのか、意地悪してしまいそうになってしまうのは、ミアキスの悪い癖だろうか。
今も、リムスレーアの眼差しは、遠く北の大陸へと向けられていた。
3年前、初めて太陽宮に足を踏み入れ、そしてリムスレーアと大喧嘩を演じた相手。
2年とちょっと前、結局仲直りしたのかしないのかわからないまま、 ――むしろ照れくさくて今更仲直りなんてする気も無かったのだろうが。―― 北の大陸へと突如旅立ってしまった相手。
今はそう、北の大陸で自分の夢を叶えるべく、がんばっているのだろう相手。
その相手と、今のリムスレーアの眼差しを考えて、ミアキスはため息をつく。
別に、隠そうとしているわけでもないんですけどねー。
どうせ、あと少しすれば、同じく午前の仕事を終えたファルーシュとリオンが、リムスレーアとの昼食を楽しむためにやってくるのだろうし。そのときでいいと思っていたのだけど。
やはり、リムスレーアにはかなわないらしいと、ミアキスは袖の中に隠し持っていた一通の手紙を取り出した。
「姫様、実は今日はとぉ〜〜ってもいいものがあるんですよぉ?」
「なんじゃ。そなたのいいものとは、大概ろくでもないものじゃろう」
むっと、ミアキスは眉間にしわを寄せた。
せっかく自分がリムスレーアのためを思って打ち明けたのにーと。内心不満。これはもうちょっとからかってさしあげないと分に会わない。
「いいんですかぁ? そんなこと、言っちゃってぇ〜」
ひらり、と白い封筒をリムスレーアの前で閃かせる。その途端に、頬杖をついていたリムスレーアの眼がまん丸になって、音を立てて立ち上がってしまった。
「あ、あ、あ、そ、その、封筒は、まさか……っ」
わなわなと、封筒を指し示すリムスレーアの指先が震える。
ミアキス自身、リムスレーアがここまで反応を示すとは思ってもみなかったのか、ちょっとびっくり。
まあ、確かに彼は筆不精なのか、めったに手紙なんてよこさない人物ではあるのだけれど。
「見たい、ですかぁ?」
ぶんぶんと風を切る唸りさえ聞こえてきそうな勢いで、リムスレーアは首を縦に振る。
しかし、その直後に慌てて横に振りなおして。でも、その勢いは縦のときに比べれば全く弱くて、ほとんどかすかに程度ではあったが。
「い、いや、あのような輩からの手紙、など、わらわが見たいなど、思うわけもなかろうっ、そ、そなたが見ればよいではないか」
と、本当は見たくて見たくてたまらないだろうに、強がって思い切り手紙から視線をそむける。
そんな天邪鬼なところはかわらなくて、くすりとミアキスは笑った。
「あらぁ、わかりましたぁ。じゃあ、あとで王子とリオンちゃんと3人で見させていただきますねぇ」
にっこりと笑顔で手紙を再びしまおうとすると、リムスレーアがとても寂しそうな顔でミアキスの袂を見やる。
「姫さまぁ? 見たいなら、見たい、っておっしゃった方が良いですよぉ」
ぽんっと、ミアキスはリムスレーアの白くて細い手の中に、その白い封筒を手渡した。
一瞬ぽかんとしたリムスレーアは、すぐに花のような笑みになって、恥ずかしそうに「すまぬミアキス!」 と、こっそり壁と自分の身体でその手紙を隠すようにしながら、封をあける。
それをミアキスは後ろからこっそり覗き込んでいたのだが。
封を開けて、リムスレーアの眼差しが数度手紙の文面を横切った後、リムスレーアのまだ華奢な肩は、ぷるぷると震えだした。
その手紙を破きそうな勢いで握り締めた両手には、青筋が走っていた。
「……な、なんじゃ、この手紙は〜〜〜っっ!!!!!」
盛大な怒鳴り声のあと、勢い良く手紙は太陽宮の大理石の床にたたきつけられた。
ぜいはぁと大きく肩で息をするリムスレーアの、久々に見たそんな姿にきょとんとしてしまうミアキスの後ろで、ちょうど王子とリオンがリムスレーアの声に何事かと駆けつけてきた。
「兄上! 昼食じゃ!!」
そう言い放って、リムスレーアはずかすか昼食が用意されている続きの部屋に向かう。
そんなリムスレーアの姿に、王子とリオンはお互いの顔を見合わせ、そして足元に投げ捨てられている手紙を拾って、顔を突き合わせてその文面を見た。
『よぉ、久しぶり。元気にしてるか? オレはそこそこ元気にやってるぜ。じゃ、またな』
読み上げた手紙の内容に、思わずファルーシュもリオンも顔をしかめた。
「ロイ……これはもう、手紙とすら言えないよ……」
ああ、とファルーシュは昼食中怒りモード爆発だろうリムスレーアの姿を想像して、天を仰いだ。
そして、昼食後も怒りがおさまらなかったリムスレーアと謁見したゼアラントの使者に、それを気取られないよう、必死で気を配らねばならなかった。