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特攻ブラックホール

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 特攻ブラックホール 


「お前こんなことしてていいのかよ?」

 こんなというのは、平成のシャーロック・ホームズが平成のアルセーヌ・ルパンに包帯を巻いているこの状況。なぜこんな事態になったのか。原因は、うっかり狙撃されてしまった怪盗の過失と、探偵の厄介事遭遇率のすばぬけた高さにあった。
てきぱき動く手がいかにも手慣れていて、怪我人は渋い顔をする。そんなことに慣れてしまうのはよろしくない。それだけ怪我にも慣れているということだ。
 いつ見ても彼はそうだった。持ち前の無鉄砲さでつっこんでいって、自分の安全なんて省みない。たまたま鉢合わせただけの怪盗が何度命の危険を覚えたかわからないくらいに。

「なにがだ?」

 心底不思議そうに問い返され、気障な怪盗は内心ひっくり返りたくなった。その前に包帯を留め終えた探偵の手が離れる。

「あんた探偵だろう」
「それに何の関係があるんだ?」

 薄っすら青みを帯びた目は、未だ大きく見開かれている。幼子のようだ。そういえば、彼は小学生をやっていたこともあった。規格外の行動ばかりしていたくせに、結局最後までばれることがなかったのは、難しい思春期の高校生らしからぬこの毒気のなさのせいだったのかもしれない。無邪気な名探偵。シュールだ。そして最悪だ。こんなものに真実なんて見抜かれてしまっては。

「犯罪者は敵じゃないのか?なんで助けるんだ?」

 ああそういうことか、と探偵は頷く。二、三の瞬きで途切れた青に、怪盗はほっと息をつく。探偵の目は真実を吸引する。不思議に力のある眼差しは、変装の達人をもってしても化けられない、長く晒されるには危険過ぎる凶器だ。

「敵だろうが何だろうが、人を助けない理由なんてあるのかよ?」 

 あるだろう普通。一般市民にとって、犯罪者は助けるべき「人」のカテゴリー外だ。善良な一般市民を守るための選別。正義ってのはそういうものじゃないのか。

「まずくねえの?探偵だろ。正義の味方だろ」
「だからなんでだよ。探偵は裁くもんんじゃねえし、助けられる人を見捨てたりしねえよ」

 常識はずれの非一般市民は、散らかった応急セットをごそごそと片付け始めた。
綺麗に巻かれた包帯。ガーゼの下には丁寧に消毒を施され、止血された傷がある。もう動かしても大丈夫そうだ。
どんな罪人もお前は見捨てないのか。そりゃどんなキリストだ。犯罪者の敵め。

「お節介だな」
「知ってる」

 揺らがない瞳を翳らせて、高校生探偵は苦笑した。それが少し寂しげに見えて、高校生怪盗は内心慌てた。無邪気な口調とは打って変わった大人びた表情が、心臓に悪い。

「でもさ、助けられる人間が目の前にいりゃ助けたい。理屈なんてねえよ」

 一瞬呆気にとられて、それからなぜか無性に腹が立った。
 こいつは知っている。それが善良な市民からは責められる行為であることを。助けた対象にだって決して理解なんてされないことを。
やるせなかった。許せなかった。
 罪人も死人さえ、こいつにとっては助けるべき人間で守るべき命だ。卓越した推理力だとか、どんな危険にも怯まない行動力なんかよりも、この真摯で貪欲な懐が、きっと探偵を名探偵にする。
 底なしに深く広くなった懐で、どんな人間も飲み込んで、目の前のもの全部助けようとして、あんたが一番救われない。
 それでも、こいつは揺らがない。助けることで自分の命が危機に晒されても、後悔なんてしないのだろう。死ぬその瞬間まで誰かを助けるために生きていく。
ろくでもない。いっそ泣きたいぐらいに。

「知ってるか。魔術師は、不可能を可能にするんだぜ。紳士は、受けた恩は返すもんだ」

 だからどうした。
 煌く双眸が不審を露に見やる。
 澄んだ青はどんな時も揺るぎない。真っ直ぐに見つめ返すには勇気が要った。

「呼べよ。どうしようもできなくて困ったら、そうでなくても何か俺にできることあったら、呼べ。いつだってどこにだって飛んできてやる」
「バーロ、お前だって余計なことしてる暇なんかねえだろ。んなことのために、んなイカレた衣装着てんじゃねえだろーに」

 息が、詰まった。
 黒羽快斗がどんな誓いを抱いて白い装束を纏い続けるのか、そんなこと知りもしないくせに。まるで、誰にももらしたことのない心の内を見透かしたような。わかってくれたような。
わかっている。彼は謎を解くのを楽しんでいるだけだ。それはやさしさなんかじゃない。探偵は、裁きもしないが、罪を許したりもしない。それでも、罪深さを見抜いた上で、絶対に見捨てない。こんな凶悪な救いがあるか。
 限界だ。
 一秒でも早くここを離れなければ。危機回避本能の欠けたこんなろくでなしに捕まってしまう前に、血迷って誓いの口付けなんかを捧げてしまう前に、さっさと逃げてしまわなければ。一生後悔したくないなら。
 血の足りない体を何とか支え、立ち上がる。
 しかし、礼くらい言わなくては、礼儀にもとる。これを最後と顔を向けた瞬間、怪盗は真っ白になった。

「でも、サンキューな」

 名探偵ははにかんでいた。
 緩んだ頬は薄紅色。僅かに逸らされた眼差しはちらちらと地面の上をさ迷っている。嬉しそうな緩んだ口元から目が離せない。
 破壊力は抜群だった。
 どうしようもない。
 決意は儚く消えた。動悸はしばらく収まりそうもない。
 もう後悔なんてどうでもいい。
 世界一の大泥棒は、世界で一番危険な宝石に心を奪われた。


作品名:特攻ブラックホール 作家名:川野礼