月夜
草原のくぼ地にひっそりと羽休めをしている。
この地区は安全で軍の手も伸びていない。乗組員たちは、オートセキュリティーに切り替え、全てが自室で寝入っていた。この艦のリーダーであるホランドを抜かして。
ホランドは、夕食をとったあと、一度自室にひきとったものの、昼間に惰眠をむさぼっていたせいか、夜になるとさっぱり眠気が襲ってこず、なんとなくブリッジに足をはこんでいたのだ。
入ってすぐの自分専用の椅子にすわり、ガラス越しに夜の草原を眺める。
最初は全く何の輪郭も見えなかった夜の草原は、目が慣れてくるにつれ、月の光で昼間のように明るく感じられた。
すると、不思議なことになんとなく彼には珍しくセンチメンタルな気分になってくる。
まるで夢をみているように、昔のことが走馬灯のように浮かんでは消えていく。
何も知らずに裕福な暮らしを感受していた自分・・・。父親に全てを与えられ、笑っていた自分。
兄の、妬むような軽蔑するような視線。全てを失った時。家が、クレーンに打ち砕かれる音。
俺の手を握っていた兄。でも、その目に俺は映っていただろうか・・・?
そこから少し記憶が飛ぶ、軍の下士官の頃。6人部屋に詰め込まれて毎日、死ぬほどしごかれて、夜になれば仲間とわいわい騒いだ。そして、夜間訓練のラッパの音と、上官たちの人をくずのくずとしか思っていないような言葉の数々・・・。
あまりにも静かな夜だった。
いつもは喧騒につつまれている艦が、夜になるとこんなにも静かなものだとあらためて気付かされる。
まるで、最初から誰もいなかったかのような・・・。
そこまで考えたとき、背後でシュンっというかすかな音と共に、扉が開く気配。
誰かと確かめる前に、ホランドと小さな声で呼びかけられた。水色の髪の少女、エウレカ・・。
確認のつもりで、ちらりとそちらを見ると、暗い部屋のせいで彼女の姿はモノクロにしか見えなかった。
「どうかしたの?」
近づいてきたエウレカのセリフに、ホランドはドキリとした。柄にもなくオセンチになっているのがばれたのだろうか?
「何がだ?」
普段どおりに聞けば、彼女は、変な顔をしていると言った。
とっさに、うまい言葉が浮かばずに黙り込むと、彼女は傍らにひざまづくようにしてホランドを見上げた。
「ニルバーシュが起きるのがいやなの?」
その質問は予想外で、一瞬ぽかんと口を開いた。そして、違うと告げる。すると、
「じゃぁ、嬉しくないの?」
と彼女は言った。ホランドは少しだけ苦笑する。
「それは一緒の意味だろう?」
指摘しても彼女はよくわからないようだ。不思議な色あいの目を一瞬とじて
「そ・・・う?」
と自信なさそうにいう。嫌と嬉しくない・・これは反意語ではない。
「・・・ちょっと違うかもな」
そう言うと、同じように“そう?”とつぶやいた。
「俺にもよくわかんねぇな」
エウレカの目が大きく見開かれた。
「ホランドにもわからないことあるんだ」
「そりゃな・・・っていうか、わかんねーことのほうが多いんじゃねぇかな・・・俺は」
やはり少し、感傷的になっているなとホランドは自分のセリフを聞きながら思った。
「ホント?」
月の光に浮き出されたエウレカの顔が、驚いたような顔になる。
「あぁ・・・それより、どうした?その顔」
「変な顔・・・?」
「なんか、驚いた顔だな」
すると、彼女は、自分の顔をぺたぺたと触る。だが、どこにも異常がなかったようで(あたりまえなのだが)、すぐに手を下ろした。
「わからない。・・・けど・・・ホランドも私と同じだね」
「ん?」
聞き返したときに、彼女の顔がほんのり笑ったように見えた。もちろん、気のせいなのだが・・・。
「私もわからないことがたくさんあるから・・・」
そういった、彼女にホランドは目を細めて、手を伸ばしエウレカの頭の上に置いた。
「そうだな・・・そういえば、エウレカ、寝ないのか?」
急に、今が夜中なのだということを思い出し、壁にあるデジタルの時計に目を走らせる。
ぼんやりと黄緑に浮かび上がった文字が、2時を過ぎた時間だと言うことを告げている。
「眠れなかったの」
「珍しいな・・・」
「ホランドは?」
そう聞かれて、ホランドは苦笑した。そういえば自分もそうだ。珍しく眠れない・・・。
昼間いくら、寝ても夜は夜で寝る俺だったと。
「お前と一緒だな」
にやりと笑うと、今度こそ本当にエウレカが笑ったように見えた。
「じゃぁ、眠くなるまで一緒にいてもいい?」
なるほど、感傷的になっているのは自分だけではないのかもしれない・・・・。
「いいんじゃねぇか?別に」
ホランドは、エウレカの頭においていた手をずらし、彼女の肩に置いた。