01.丁重にお断りします
「嫌だ」
えー、と言った彼は至極不満そうだった。たまにしか見せてくれない我侭な顔。
本人には言った事はないけれど、私はそれが好きだった。
しかし、そうは言ってもいきなりキスをせがまれて了承する方がおかしい。
「わたしは」
虚空を見ながら口を開けば、彼がこちらに視線を向けるのを感じた。
視線は矢のように、しかしそれでいて抱擁されるような不思議な、微かな温かさを感じた。
「今ここにいて、本当に良いのかって、今でも、ずっと、思ってるんだ」
「なぜ?」
「・・・なぜだろう」
わからない、と言えばふーん、と返された。不意に顔が近づく。触れるだけのキス。
一瞬だけ息ができなくなって、どうしてか無意識の海に溺れそうになった。
このまま逆らわなければ、きっと楽なんだろうなあ、と思いつつ、そんなことは嫌だったので彼の両頬を同時にぴしゃりと、挟むように叩く。
「いたいなあ」
風丸は笑いながら全然痛くなさそうに頬を撫でた。
その顔は言外に残念なんて、こっちからすれば何をふざけているのかと言いたくなるような言葉を示していた。
とうこーと間延びした声で彼が呼ぶ。今度はなんだ、とそちらを向けばこんな言葉。
「続きしていい?」
「阿呆」
作品名:01.丁重にお断りします 作家名:ろむせん