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噂の真相

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「あぁ、あなたが夏目分析官ですか。お噂はかねがね宗方計画主任から」
 先ほど会った人物が開口一番に発した台詞。
 僅かな既視感に夏目は記憶を探る。
 そういえば、統合国防本部でもそれを言われたのだ。
 あのときはその後の覚醒剤投与騒ぎで、すっかり頭から吹っ飛んでいた。故に宗方に問いただすこともなく、かの発言は忙殺された。
 しかし、どんな噂だったのだろうか?
 夏目はふと思い、眉を寄せた。
 周囲に一体何を吹聴してまわったんだ、あの人は。
 あの彼が絡んでいるのだ。気になる。非常に気になる。
 しかし、本人に直撃するのも躊躇われる。
 ここは副官に聞いてみよう。
 夏目が宗方の個人副官というような立場になってしまっているが、戦争計画主任である彼には本来且つ正規の副官がいる。
 そこで彼はお付きの姿を探し始めた。
「あぁ、いたいた」
 副官の立ち寄りそうなところを暫く探していると、目的の人物が視界に入ってきた。
 若い尉官。と、いっても、夏目よりも少々年下なだけだ。彼が書類を持って、小走りに向かってくる。そんな尉官を彼は呼び止めた。
「夏目分析官?」
「忙しいところすまない。ちょっと教えてもらいたいことがあるんだが……」
 いま、大丈夫かな?
 訊ねると、彼は不思議そうな表情となる。
「は、構いませんが、なんでしょう?」
「いや、さっき会議であった人物から『噂は計画主任からかねがね』と言われたんだが、彼が私をどう吹聴していたのか、聞いたことはあるだろうか?」
 訊ねれば、副官は困惑の表情となる。
「え? ……あの……そうですね」
 答えようとする彼は口元を覆い隠し、歯切れが悪い。
「いや、その……」
 言うべきか、言わざるべきか。
 耳にしたことはあるにしても、かなり逡巡しているようだ。
 そうこうするうちに、言葉を濁していた副官が瞠目し、弾かれたように背筋を伸ばす。
「知りたいかね?」
 背後からの声に夏目は飛び上がった。
「計画主任っ!?」
 驚愕して振り返った先に、いつの間にか宗方が立っている。
「む、宗方中将。例の調査書です」
「ご苦労」
 副官が差し出した書類を受け取り、宗方は彼に眼を向けた。
「悪いが、これと同じものをGF長官にも届けてもらいたい」
「了解しました。それでは私はこれでっ……!」
 彼は踵を返し、再び小走りにかけてゆく。
 逃げられた。ついでにいうなら、見捨てられた。
 いや、宗方の命令は最優先すべき事項であり、向こうにはそういう気はないだろう。しかし、夏目にとっては置き去りにされたとしか思えない。
 むしろ逃げだしたいのは俺だ。
 だが、逃亡の口実もないこの状況下では、それは不可能だ。
「先程の質問だがね……うん。簡単なことだ」
 とても簡単なことなのだよ。
 物騒な笑みに、夏目の背筋には冷や汗が伝う。
 強張った彼の表情を楽しむかのごとく、宗方はゆっくりと口を開いた。
「『夏目分析官に余計な手を出してみろ。艦砲射撃を叩き込んでやる』」
「……それ、冗談ですよね?」
 僅かな期待を込めて訊ねるが、
「さて、どうかな?」
 彼の返答に夏目は目眩を感じて思わず額を抑える。
 眼前の男は、四六サンチの主砲を搭載したあの艦でも引っ張ってくる気だったのだろうか。確かに破壊力は抜群だが、周囲への被害も甚大だ。
「……お願いですから、海軍の艦を私用しないでください……」
 彼は呻く。
 私用どころか、それは乱用だ。そもそも砲身の向ける先を間違えている。
「うん? では、四式中戦車で轢き殺……」
「それもどうかと思います」
 宗方の言葉を夏目は中途で強い口調により遮った。
「私事に海兵隊まで巻き込まないでくださいよ」
 また哀れな私兵でも酷使するつもりか。
 夏目は、中尉の階級章を身につけた長身痩躯の男を思い浮かべる。いくらなんでも、こんなくだらない原因で彼に再び味方を撃たせたくはない。
「先回りしますが、富嶽を使うのはもっと駄目ですからね」
 彼は釘をさすと、宗方は少々不満そうだ。
「……馬で蹴り飛ばす、と率直に言ったほうがよかったか?」
「わかりました。わかりましたから、もういいです」
 頼むから、もうこれ以上何も言ってくれるな。
 まったく穏やかではない。いや、それ以前に。
 だいたい俺に手を出そうという酔狂な男なんて、あなただけですってば。
 苦悩する夏目とは対照的に、宗方は飄々としたものだ。
「冗談に決まっているだろう」
 だから、冗談に聞こえないというんだ。
 夏目は肩を落とした。
 もしかすると祖国は、絶対に握らせてはならない男に全軍の統括権を掌握させたのではないだろうか。
「まったく……私としても、あなた以外に手を出される気はありませんから、安心してください」
 言い切ってから、夏目は己の失言に気づく。しかし、周囲に火の粉を撒き散らさないためにも、必要な犠牲。なんにせよ、人柱は必須なわけだ。
 そんな彼も、好き好んで犠牲者とはなりたくもないが、万が一の場合の覚悟など、とうの昔に決めている。知らずに犠牲となるよりも、承知の上で犠牲になるほうが多少はマシだ。


 そして、栄えある生贄は、上機嫌となって歩き出した悪魔の後を、溜め息混じりに追うのだった。




(2007.3.15)
作品名:噂の真相 作家名:やた子