キスを5つ
「おやすみ」
仕事が順調に進まなかったのだろう。行われた会議場からは、おそらくホテルの方が近いはずだけど、重たい身体を引きずって、家まで来た。日付が変わったこんな時間に。
もちろん来てくれることは嬉しい。会いたいと思ってくれることが嬉しい。
けれど、自分の身も大事にしてほしいものだ。あなたがいなければ、そもそも会うことすらできなくなるのです。近くにいることができれば、それはそれは安心するけれど、遠くにいたって、元気であれば、そう証明する声を聞くことができれば、安心は与えられるということをこの人は知らないのだろうか。
「ねぇ。アーサーさん、ゆっくりお休みになってください」
お湯に晒されて、わやらかくなった髪の毛に指を通しながらささやく。聞こえてはいないだろうけれど、話したいのは菊だから、どうでもいいこと。指先で掻き分けた前髪から額が覗く。そこに落とす口付けを最後に、部屋を後にした。
END.