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GLIM NOSTALGIA -音楽家からの手紙-

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「――やっと捕まえた」

 別に逃げていたわけじゃない、とか、人聞きの悪いこと言うな、とか。
 いくつかの言葉がエドワードの心の中で生まれたが、結局それらが口に出されることはなかった。
 なぜならそれを口にした目の前の男は、それはもう嬉しそうに、満足そうに目を細めていたから。
 そんな顔を前にしたら、いくらエドワードだってそんなに咄嗟には悪態もつけやしなかった。赤くなった顔をそらすのが精一杯で。

 それは、大分外れた東部のある町角での出来事。イーストでなければと思っていたのは甘かったようで、どういう偶然か、あるいは彼の強運のなせる業なのかはわからないが、エドワードは、のらりくらりとはぐらかして顔を合わせるのを避けていた相手に、電話ボックスを出た所で捕まえられた。
 今はその、鼻歌でも歌いだしそうな様子の男に、手首をつかまれ連行されている最中だった。手首は辞めて欲しい、と思ったが、結局口には出なかった。手首の動脈はどくんどくんと緊張を訴えていたのだけど。
 ――別に、逃げていたわけではないのだ。本当に。
 ただ、気恥ずかしかったのと、…会ってしまって、あれは現実ではなかった、もしくは勢いであって本気ではなかった、と言われるのが怖かったから。
 けれど、前を行く男を見れば、それがとんでもない杞憂だったことがわかる。
 ポーカーフェイスはどうしたよ、と突っ込みながら、…捕まえてくれたことが、嬉しかった。

「ブライス氏から手紙が届いたんだ」
 とりあえず食事でも、と簡単な食事が出来そうなこぢんまりした店に入った。時刻は昼を少し回ったところだった。
 …そんな時間に手を掴まれていくら人気が少ないから、相手が常の制服――軍服ではなかったとはしても街路を歩いていたなんてと、今更に照れがこみ上げてきたのは椅子に座ってからだった。
 だがすぐに開き直る。どうせ誰も見ちゃいねえ、と。
 もう少し自分と相手の外見とか存在感とか印象といったものを考えた方がいいというような感想だが、それを教えてくれる人は彼にはいなかった。第一、口にもだしはしなかったし。
「…ふーん」
「チケットと一緒に」
「……チケット?」
 そう、と男は幾分意地悪げに笑った。
「だから言ったのに。君がサボるからだ」
「…。ちょっ、待てよ!あんただったあの時最初しかいなかっただろ、フィリアのなら…!」
 思わず言わずにいられなかったエドワードだが、言ってから後悔した。ロイがあの夜公演に最後までいなかった理由。
 そして、ロイはといえば。
 一瞬ぽかんとした顔をした後、ぱあっと顔をほころばせ、目も細めて、まさに蕩けそうに甘い顔をした。胸焼けと後悔がエドワードの心をいっぱいにする。くそ、こんなことなら朝からパンケーキに生クリームとメイプルシロップなんて組合せやめとくんだった、と真剣に思った。寝ぼけている時に目の前に出されたものは確認せず口の中に入れてしまう悪癖が彼にはあった。まあ余談だが。
「あの夜の君は、」
 そこで、ムガ、とロイは変な声を出した。エドワードが腕を伸ばして彼の口をふさいだからだ。
「…言ったら殺す…」
 ゆらり、とエドワードの背中に何かが揺らめいた。多分殺気とか闘気とかいう類のものに違いない。
「殺されるというなら今だってそんなにかわらないと思うよ」
 だが、ロイの笑顔は変わらない。
 好きだとか、か、…かわいい?とか…恐らくそんなことを考えているのだろうなと如実にわかる顔。そんなでれでれした顔してんなよ、あんたちょっとは自分の立場とか考えろよ、と思うものの、エドワードはもう何も言えなくなる。
「何しろもうすっかりまいってるからね。私を殺すのなんて簡単なことさ」
 ただ、と付け加えた声はさらりとした調子だったから、照れて俯いていたエドワードは一瞬聞き逃しそうになった。
「――勿論、相討ちは覚悟してもらう必要があるがね?」
 …やはりただ甘いだけの男ではないようだと安堵したなんて、ましてその鋭利な黒瞳に一瞬惚れ直しただなんて、そんなことは絶対口には出せない秘密なのだった。

 とりあえず食事をしながら、話は再開された。
「ブライス氏から公演のチケットが送られてきたんだ。今度の、フィリアとクラウンズの公演のチケットだ」
 チキンを切り分けた後のナイフを行儀悪く、しかしなぜか絵になる格好で軽く一度振って、ロイは続ける。
「君だって知ってるだろ?"アメイジング・グレイス"は大ヒットだ」
 それは、エドワードが幽霊から受け取った譜面の歌だった。どんなルーツのものかはわからず、どうも外国のものらしいといわれているが、はっきりとはしない。ただ、とにかく、日記の研究からわかる限りでは、かつて錬金術師ソフィアが巡礼の旅の間に見知った曲であるらしい。そのソフィアの手記からして、ルーツはわからないが、と注釈がついていた。
「セントラルだけじゃなく、イーストでの公演が決まったんだよ。それで、私の所にチケットが贈られてきたというわけだ」
「ふーん…」
「勿論行くだろ?」
 エドワードは居心地悪そうに視線をそらした。ロイはそれに苦笑する。
 彼が何を気にしているのかはよくわからない。彼だって、あの歌は好きなようだったのに。
「何が気にかかってるんだ?」
 考えてもわからなかったので、ロイは素直に聞いてみることにした。答えはあまり期待せずに。
「………言いたくない」
 ぶすっとした声だけだったら、こちらも困ってしまうかムッとしてしまうところだが、どことなく拗ねたような唇や薄く染まった頬を見せられたらそんなことはありえない。
「どうして」
「…………笑うから」
「笑わないよ」
「…………笑う。あんた絶対笑う」
「じゃあ、もし聞いて笑ったら、何か罰を受けるよ。それでどうだい」
 保険に自分の首を差し出せば、彼は幾分躊躇したようだったが、重々しく唇を開いた。似合わぬことに、恥らったように目を伏せて。
「………だから」
「…? すまない、聞こえないんだが…」
「…、あんたのこと、好きだから。フィリアが…」
 この台詞はロイの意表をついた。そして、呆れと、愛おしさを引き起こした。
「――馬鹿だなあ」
「な」
 ロイは狭いテーブルの向かいから易々と腕を伸ばして、金髪をぐしゃりとかきまわした。
「やきもちをやく相手が違うよ」
「……?」
 フィリアが惹かれていたのは、エドワードだ。しかしそれはたぶんとても淡いものであっただろうとロイは考えている。だがそれにしても、エドワードの勘違いは相当なものだ。ロイはおかしくなってしまって、くつくつと笑う。
「ちょ…やっぱ笑ってんじゃねーか!」
「笑わずにいられるかね、これが」
 ロイは一時笑いをとめて、そして手の隙間からちらりとエドワードを流し見る。その細められた目は、その色差しでエドワードを赤くさせる。
「――エドワード」
 ロイはにこりと笑って、向かい側の少年の手を取り軽く引っ張った。軽く、だったはずだがタイミングの問題か、エドワードの体はほんの少しだけテーブル上に乗り上げるようになる。だが結局は一瞬のこと。
 手のひらと手首にキスが贈られたのは一瞬のこと。
「罰は受けるよ。さしあたってランチは私の奢りだ」