暗黒騎士
解いたとしても、それは兜くらいのもので、彼らは基本的に漆黒の武装を決して離そうとはしない。
悪魔を模した暗黒騎士の姿はそれだけで忌み嫌われる。
彼らには、死が染み付いている。
暗黒騎士の鎧は特殊だ。
悪魔を模したものという意味でも、その装備の仕方からという点でも。
彼らは“肉体”に“直接”“鎧”を“身に着ける”。
生身に直接、鎧を打ち付けられるのだ。
鎧をわが身と扱うべく・・・肉に打たれる鋼。
身の奥深くまで悪魔の骨を埋め、彼らは外からゆっくりと侵食される。
「離さないんじゃなくて、離してくれないんだ」
当代一・・・いや、歴代一の暗黒剣の使い手は、そういって柔和に微笑んだ。
笑う暗黒騎士など・・・異端中の異端だ。
彼以外の暗黒騎士がこういう笑いをしたところを俺は見たことがない。
いや、彼らが笑わないという意味ではない。
彼らは笑うことはある。
だが、それは、戦時、戦場でのことだ。
彼らは、戦場において、人血と人の死に笑う。
しかし、平時に笑うのは彼だけだ。
「だが、辛いだろう?」
聞くと、彼は少し考えて首を振った。
「辛いのは最初だけだよ。すぐになれる」
そんなわけがないだろう・・・とは思う。
しかし、彼の口調や表情は本当にそうだとしか思えないのだから不思議だ。
「確かに。最初は凄く苦痛だったよ。肉に打ち込まれるんだからね。
一週間以上眠れないし、血はとまらないし・・・全身が悲鳴を上げていたよ。」
その頃のセシルを俺は知らない。
セシルは兵士としての訓練を卒業した後に、暗黒騎士の訓練を受け、俺は竜騎士の訓練を受けていた。
暗黒騎士のそれは、全て極秘で行われており、俺はセシルとは1年の間全く顔をあわせていなかったのだ。
「でも、その何日後かに、ふっと楽になったんだ」
当時を思い出しているのだろう。セシルは天井付近に視線を上げ、不思議そうに言った。
「あれは何だったのかって今でも思うけどね。本当にふっと楽になったんだ。」
訓練の最終段階で行われるというその儀式。
鎧を身につけ・・・そして暗黒騎士が生まれる。
「今では肉体の一部だよ」
嬉しそうとも取れる微笑みに、俺は本当にそれでいいのかと問いたくなる。
望んで暗黒騎士になったのは知っている・・・。
いくら止めても無駄だったのも覚えている・・・しかし・・・これはあんまりだ・・・。
彼はもう・・・きっと、その鎧を解くことのほうが苦痛に思うほどに、鎧を体の一部としている。
「でも・・・」
「大丈夫だよ。本当に。」
俺が肉体の痛みを心配しているのだとセシルは思っているらしく、安心させるようにそういって微笑んだ。
肉体の痛み・・・それはもちろん、心配だ。
だが、俺がそれ以上に心配しているのは、彼が変わってしまうことだ。
彼がその姿同様、悪魔になってやしまわないかということだ。
一体感があると、自分の鎧にそっと手を当てる彼は、
「もっと、タイトにしてもいいくらいだ」
っと、にっこりと微笑んで言った。