彫りたい背中
うつ伏せの背に、視線を感じ背中をとられたことに一瞬緊張をするが、すぐに視線の主に気付いて力を抜いた。
そして、寝たふりをしながら一体何をしているのかと様子をうかがう。
彼女…―夜中にこっそり忍んできた俺をこのプライベート・ルームまで引き込み、愛し合うというには性急すぎる行為をかわした相手…この船の航海士、ナミはしばらく俺をじっと見下ろしていたようだが、やがておずおずと俺の背に指を這わせ始めた。
なんだ。物足りなかったのかと思ったが、それにしては熱の無いさわり方だ。
それどころか冷たい…しかし、その割に執拗。
好きにさせながら狸寝入りで首を捻っていると、やがて彼女の口がその答えを教えてくれた。
「…白髭に麦藁を被せてやろうかしら」
それはとても小さい。
こんなに近くにいても聞き逃してしまうほどに小さな囁き。
俺は起きたものかどうかを考え、しかし、起きたところで掛ける言葉も行為も持ち合わせていない事に気付きうっすらと開けていた目を閉じた。
きっと、彼女だってどんな言葉も行為も欲していないはず…そう考えるのは、男の勝手な都合だろうか。
ナミ…そう名を呼んでやるだけでいいのかもしれない。
何も言わず、彼女の細い首に手を回して胸の内に抱き込んでやればいいのかもしれない。
しかし…そうしてしまえば、何かが壊れてしまうような気がして…。
俺はそれが恐ろしかった。
俺は背をなでまわす彼女の指を、ことさらに意識の外において眠ることに集中した。
後ろめたさを胸に抱いて。