午後のリベンジ
『本日午後2時 いいから来なさい。』
「……なんだこりゃぁ」
「兄さん……また何かやったんじゃぁ……」
「俺は何もやってねぇ!」
弟の疑いの眼差しを受けながらも容疑を否認するエドワード・エルリック。
本当に?とでも言いたげな弟の視線をよそに、エドワードはとりあえず呼び出される原因を
あれこれ考えてみた。が、特にこれといった心当たりはなく。
差出人は案の定無能もとい焔の錬金術師ロイ・マスタング。
文面からどことなく怒りのニュアンスを感じるが、前回会ったのは人体錬成の資料に関する事ぐらいで
やはり怒りを買う覚えなど何一つなかった。
「文面からして説教でもしそうな感じだな……」
「やっぱり兄さん何かやったんだ」
「だから何もやってねぇって!!」
指定は午後2時。いまからここを出発しなければ間に合わない。
ものすごく嫌な予感がしたが、すっぽかしでもした日には
このうえ何を言われるか分かったものではないので
2人はしぶしぶご命令通り差出人の元に出かける事にした。
「よく来たな、エルリック兄弟。」
東方司令部。そこにはいつもと変わらない、何か企んでそうなマスタング大佐の姿があった。
「よく来たな。じゃねぇよ!何なんだよいきなり人を呼びつけやがって」
「に、兄さん……」
「はっはっは、まぁそう怒るな鋼の。今回君達を呼び出したのは他でもない。」
「もったいつけずに早く言えっつーの」
「兄さん……」
イラつくあまり無礼な兄とそれをなだめる弟に軽く笑いながら
大佐はさっそく本題に入った。
「私は今まで幾人もの女性をお茶に誘っているが、その戦歴は全戦全勝、
私の誘いを拒んだ者は未だかつて1人もいない。」
「…………は?」
いきなり何を言い出すかと思えば、それは大佐のナンパ全勝自慢だった。
何言ってんだこいつ……
エドワードは眉間にシワをよせ、目の前で威張りくさるナンパ野郎をあきれた顔で見やった。
「わぁ、すごいですね大佐。」
「フフフ、いやそれ程でも」
「じゃオレはこれで」
「待ちたまえ鋼の!」
帰ろうとしたエドワードを目ざとく引き止める。
「それがどうしたとでも言いたげな顔だな。ならば用件を言うとしよう。
先日ゆっくりお茶の一杯でも付き合いたまえと君達に言ったが、その場の忙しさに流され
果たす事ができなかったな。という訳で私の仕事も一段落したところで
今ゆっくりお茶に付き合いたまえ。」
しー――――ん。
一瞬辺りが静まりかえる。
エドワードは今なにか異界の言葉を聞いたような気がした。
耳を疑う、どころの話ではない。それは根本的に色々間違っていた。
「何言ってんだ大佐……」
「聞いた通りだ。」
「いや、聞いた通りじゃなくて……」
「言っただろう、私の誘いを拒んだ者はいまだ1人も、1人もいないのだ。
状況がどうであれ私がお茶に誘ったにも関わらずお茶をしなかったなど
このロイ・マスタングのプライドが許さん。」
「帰るぞアル」
「待ちたまえ!!」
帰ろうとしたエドワードを再び引き止めた。
「君はいったい何が不満だというんだ」
「不満とかそういう問題じゃねぇ!!」
「不満でないなら何なんだ」
「何が悲しゅうて男と茶ぁ飲まなきゃなんねーんだよ!!」
「わがままだぞ鋼の!」
「わがままはどっちだ――――!!」
鋼VS焔のよく分からない戦いが始まった。いや二つ名は特に関係なく。
拒否される理由がいまいち分かってない大佐と、正論を主張しているのに
わがまま扱いされるエドワード。
よく聞くと根本的に大佐が間違っているのだが
口論のニュアンスが微妙に大佐優勢で、ハタから聞いているアルフォンスには
わがままを言っているのがまるでエドワードのように思えてきた。
「兄さん、せっかく大佐が僕達を誘って下さってるんだからさ、ありがたくいただいたら…」
いきり立って口論していたエドワードだったが、ふいに話しかけてきた鎧姿の弟を見て
ハッと大佐に向き直った。
「アル!そうだよ、アルが飲んだり食ったりできねーのは大佐も知ってるだろ。
そんなアルの目の前で2人だけ茶ぁすするなんてそんなのひでーじゃねーか」
「安心しろ、弟君にはお茶のかわりに私の素晴らしい武勇伝を語って聞かせるつもりだ」
「語らんでいい――――!!」
ダメだった。何を言ってもダメだった。大佐のプライドは天より高く、頭は鋼より固かった。
ともなるとやはりエドワードは正論を主張するより他になく。
そうしてまたしばらくしょーもない口論を続けていたが、ついにごうを煮やしたエドワードは
むりやり用事を作り出すと強引に話をしめにかかった。
「つーわけで悪ィけど戦歴は初黒星だ!そこらの女とでも勝手に茶ぁしてくれ、じゃーな!」
そう言ってくるりときびすを返すと、右手を上げて別れを告げながらドアの方にスタスタと歩き出した。
「あぁ~~実に残念だ、せっかくカフェ・ブランシェのエンジェルフレンチを用意したんだが……」
ぴた。
ドアを開けようとしたエドワードの手が大佐の言葉にピタリと止まる。
「え、え、エンジェ……ッッ!?」
「エンジェルフレンチって、あの1日20個限定販売の……
兄さんがあれだけ狙って未だに買えてない、あの幻のドーナツ…!?」
すごいと感動するアルフォンスの後ろで、目の前にいきなりすごいエサをぶら下げられエドワードは激しく動揺する。
脳内を美味しそうなエンジェルフレンチが駆け巡る。
思わず振り返りそうになるがギリギリで踏みとどまり
誘惑に負けじとふるふる肩を振るわせた。
そこへさらに大佐が追いうちをかける。
「しかももう1つ用意したデザートは高級レストランシュプワールから
特別に取り寄せた超高級……」
「うぐっ…………!!」
「あ~~どちらもとても美味しいというのに、帰ってしまうのか、それは残念だ」
「く、く、くっそぉ……オレが、オレがそんなもんに
釣られるとでも思ってんのかああ――――――!!」
「思いっきり釣られてるよ兄さん……」
いつのまにかエドワードは元の場所に戻っていた。
「言っほっへどな、ホレ達はべふにお茶してんじゃねーふぁらな大佐。」
もきゅもきゅとエンジェルフレンチをほおばりながら不本意そうにふてくされるエドワード。
それを見て大佐は満足げにティーカップを置いた。
「これで全勝は守られたというわけだな。」
「だからお茶じゃねえっふっへんはろ!」
あくまで否定しつつもしっかり食べるエドワードの隣で、また兄さんは…とアルフォンスは肩を落とす。
「でも良かったじゃない兄さん、あれほどエンジェルフレンチ食べたがってたし……」
「ふむ。ではさっそく弟君に私の素晴らしい武勇伝を……」
「せんでいい―――――!!」
ドーナツ片手につっこむエドワードの声は部屋の外にまで響き渡った。
形はどうであれ、とりあえずこうして大佐の輝かしいナンパ記録は無事守られたのであった。
その後アルフォンスが素晴らしい武勇伝を聞かされたかどうかは定かではない。
結局大佐の手の内で踊らされているエルリック兄弟であった。