薄氷踏みて
― 薄氷踏みて
「なぁ、軍神さん。あんた、アイツをどうしたいんだ?」
上から突然降ってきた声に、謙信は戸惑うことなくゆるりと顔を上げる。
「おや、たけだのしのびではありませんか…。」
見上げた先には冷たい表情の佐助。
はっきりと敵意をもった視線を受け、謙信は微笑む。
「そういえばそなたはつるぎとどうきょうでしたね。」
なかよきことはうつくしきこと。
小さく呟く謙信に、佐助はさらに表情を険しくさせる。
「あんただって分かってるんだろ。アイツは忍に向いてない。
解放してやってくれよ。」
痛みをこらえるような声で呟かれた言葉に、空気が凍った。
「そなたはなにもわかっていないようですね」
ふふっと、謙信は氷の笑みを浮かべる。
「たしかにつるぎはいくさにむいていないかもしれません。
そんなつるぎをわたくしのためにいくさへむかわせているのなら、
それはうれうべきことです。
ですが、たとえわたくしがつるぎをてばなしたとて
つるぎがしのびであることはふへん。かわることではありません。
たたかわねばならぬさだめならば、わたくしのためのつるぎとしてたたかうほうが
つるぎのこころもすくわれるというもの。」
彼の人を思うように、謙信はすっと瞼を伏せる。
が、すぐに目を開き凍てつく視線で佐助を見る。
「そなたならばつるぎをたたかいのりんねからすくえると?」
佐助は答えられない。
ただ、凍りついた表情で謙信を見ることしか。
「そなたは、つるぎをどうしたいのですか」
その言葉は凍てつく剣となって、確かに佐助の心の臓を貫いた。