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【ポケモン】水温む

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 断りもなく首に触れようとしたので喉を仰け反らす。威嚇に嘴をがっと開いてみせると、この人の良さそうな顔をした少年はごめんごめん、と両手を合わせて謝る体勢をとった。いきなりは悪かったよ。だって羽があんまりきれいなんだもん。子供らしい物言いだった。いつかの気心の知れた老爺の、真綿でくるくると巻き込んだ柔らかい言葉とはまた違っている。何度か戯れに彼らと時間を過ごしたこともあったが、その中でもこの少年は懲りずに触ろうとするとびきりのいたずらものだった。
 ひときわ長く強く燐光を放つ尾羽が気になるようで、目をきらきらさせながらうわあとかすごいとか惜しみない称賛を送っている。終いにはむんずと掴みかけたのでそれは止めろと頭を突く。痛いようと頭を押さえる。私だってうっかり引っ張られて羽を抜かれでもしたら痛いのだ、全く。
 ずらりと並んだこの少年の手持ちらしいポケモン達は揃いも揃ってそれを面白がっている。彼らもまたこの容赦ない賛辞と純粋な興味による洗礼を受けたのだろうことは想像に難くない。頻りに褒めるものだから居心地がいいのか悪いのかさっぱり分からなかった。くたびれて触ってくるのに抵抗するのを諦めて(幸いこの少年は鳥ポケモンを育てていたからあまり痛い目は見せないだろうし。……多分)好きにさせておくと、ぎゅうっと胸に張り付いて顔を擦りつけていた。羽が柔らかくて気持ちいいらしい。
 ……もふもふだ。それにとってもあったかい。
 元々鳥に属しているから体温は高い。まして私は炎を操ることができた。この少年からしてみると随分違うものなのだろう。ポケモン達により違っているそういったものを一つ一つ確かめていくのが、この少年なりに最大の歓迎方法なのかもしれない。
 スキンシップを遥かに通り越し、少年はひとしきり撫でつくして私から漸く離れた。ご満悦のようだ。今回のあやつりびとはやたら変わっている。塔から離れたもう一対を思って溜息をついた。この好奇心では海の底に眠っていたとて賛辞の嵐からは逃れられないのかもしれない。
 やれやれ。
 少年と目線が合うように首を下げてやると表情がいっそう明るくなる。本当にお人よしそうな顔をしている。いつか私を追いたてた人間達の顔とは重ならなかった。幸せに、豊かに育ってきたのだろう。喜ばしいことだった。

 ―――――空が見たいなあ。

 幸せな少年は翼を撫でながらそんな単純なことを言う。憧れに表情を輝かせていた。

 ―――――うん、空が見たい。ホウオウの見てた高さから街が見たい。風を受けてみたい。……きっと素敵なんだろうなあ。

 夢見がちにうっとりと語る。私に彼らと意思を通ずる為の言葉があったなら、それほど優しいことではないと教えてやれたかもしれない。私を含め鳥は皆、景色を眺める為に飛ぶわけではないのだから。
 この少年の優しさは物知らずからくるもの。それでも偽りではない。だからこそ慰めにも、励みにもなるだろう。
 乗りなさい、と身体を低くして頭を下げてやると、もう尻尾があったらちぎれてしまっていただろうというくらいに嬉しくて堪らないという顔をした。登ろうと頑張るけれど、案外不器用な少年は上手く足を乗せられないで困っている。彼の初めての相棒が、足りない背の分少年を押し上げる。まだちいさな、身軽な仲間達は先に登って彼の袖を引っ張った。そうやってやっとやっとよじ登る。照れたように笑って礼を言う少年と、満足げなポケモン達。そんないちいち手間のかかる少年が、大好きで仕方ないのだろう。

 そう思うと酷く微笑ましくなってしまった。



作品名:【ポケモン】水温む 作家名:ケマリ