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百年河清の恋心

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俺の数少ない貴重な友人は、決して叶うはずのない恋をしているんだ。
彼の恋は百年河清、絶対に、絶対に叶わないのさ。確信を持って言えるよ。だってその想いの矛先は何を隠そうこの俺に向いているのだからね。






恐らく、今この時間帯に校内にいる全生徒及び全教員は、窓際ないし、校庭が見える場所に集まっているはずだろう。俺から見える範囲の人々の表情は、畏怖であったり、好奇であったり、様々なものだ。その中に果たして俺と同じ顔をしている人はいるのだろうか。
そんなことを考えながら再び視線を校庭へ戻す。教室の窓から見える校庭には、いつも通りの光景が広がっている。怯える人の声と怒りに満たされた咆哮、人があちこちにふっ飛んで、何かが壊れ、抉れ、ぶつかる音が聞こえる。仕舞には2週間前に新しくなったゴールポストが宙を舞った。その瞬間右隣から聞こえた女生徒の悲鳴は、たぶんサッカー部の女子マネージャーの子のものだろう。そしてあちこちで聞こえるため息は、きっとサッカー部を始めとした運動部の皆さんのものだ。

(ああ、楽しいなあ。)

口元に自然と笑みが浮かぶ。


そう、これこそが凡そ常識からかけ離れた正に奇奇怪怪な俺達の日常の1ページ。




キーンコーンカーンコーン

昼休み終了のベルが鳴った。校庭から聞こえていたいくつもの喧騒が止む。所々抉れた形跡のある校庭では、倒れ付した人、無惨な形に歪んだゴールポスト、歪な非日常に囲まれた静雄のみが立っている。ストローのようにねじ曲げられた通行止めを示す標識が彼の手から落ちて、カラリと乾いた音を静まり返った校庭に響かせた。

終わり。

「さて、と。」

救急箱とカバンを手に教室を出た。別に教室でもいいのだが、今日は天気がいいからと屋上に向かうことにした。本来閉鎖され、立ち入り禁止であるはずの屋上は、静雄が鍵または扉をしょっちゅう破壊するため、一部の生徒にのみ開放されている状態だ。先生方も何も言わないところをみると、諦めているのだろう。案外厄介払いできたとでも思っているのかもしれない。それか、臨也が手を回した可能性もありそうだ。

(あいつもよく屋上にサボりにきているようだし。まあ、それ以外にもあると思うけど。)

どちらにしても、俺には好都合な話だ。

キィと3日前に新調されたばかりの扉を開け、上部分が少しへこんでいるフェンスを背に適当な場所に座った。風が心地良い。天気は快晴。桜の薄いピンク色が視界から消えて、緑色の若々しい葉がそこかしこで鮮やかに揺れている。こんな日にセルティと一緒にのんびりと過ごせたらどんなに幸せだろう。けれど、この世は隔靴掻痒。愛しい愛しい彼女は行き先も告げずに朝早く出かけ、残された俺は仕方なしにこうして学校で時間を潰している。

(まあ、行かないと怒るだろうし・・・あーあ、また首を探してるんだろうね。)

ツキリと胸が痛んだ気がした。そんなただの錯覚でしかない痛みに苦笑いが浮かぶ。

「なに一人で笑ってんだ。きもちわりい。」

自分より低い声。扉の方に視線をやれば、校庭で暴れまわっていた静雄が呆れたように立っていた。制服はかろうじて死守したようで、砂や血で汚れてはいるが、破れてはいなかった。彼は、いつもいつも喧嘩のあとに制服の、ひいては家計の心配をしていたから、素直に良かったと思えた。ただ、どちらにしても今の有様では彼の家族も物静かな弟君も心配することには変わりはないだろう。そして彼は、弟君に滅法弱い。弟君に詰め寄られてうろたえる静雄が目に浮かんで、少しおかしくなった。

「・・・お前気持ち悪いぞ。」
「全く酷いね。せっかく君の手当てをしてあげようと授業サボってまで待ってたのに。ほら、手出して。」
「嘘つけ、サボりたかっただけだろ。」

ジト目で文句を言いながらも静雄は俺の隣にすとんと座り、おとなしく袖まくりをした腕を預けてくる。懐いてくれているのだなあと思うのはこういう瞬間だ。相手にしたことはないけど野良猫を相手にする感じに近いのではないだろうか。平和島静雄はこれでなかなか可愛い生き物なのだ。さて、これ以上機嫌を損ねる気と生命の危機なので、持ってきた救急箱を使っててきぱきと応急処置を施す。いつもは腕や顔など、露出している部分だけを簡単に手当てして終わる。酷い時は家まで連れて行くが、今日はその必要はないだろう。加えて、たいして時間もかけずにここまで来れた様子を見るに彼の"力"による負傷もないようだ。小学生の頃は使うたびに壊れていく彼の姿を見ていた。最近では、静雄は彼自身の力によって倒れることは少なくなってきたみたいだ。だからといって彼が力を制御できているわけでもないし、むしろ増していく力と強化されていく身体に振り回されているのだろう。そういう姿に、彼は成り立ってしまった。実に興味深い彼の身体だが、未だに解剖の許可はもらえていない。検査もだ。非常に残念な話だと思っている。

「・・・・・。」
(・・・・・見てるねえ。)

喧嘩が絶えない毎日を送っている割に白い腕をウエットティッシュで拭い、切り傷や擦り傷を黙々と消毒する。いつもなら、軽口をたたいたり、愛しいセルティへ向ける愛を語ったり、セルティがこの世に存在している奇跡を語ったり、セルティの愛らしさや美しさについて語ったりしている。今日は黙ってみた。手当ての際は、傷口に視線を向けているから、静雄は気付いてないとでも思っているんだろう。いや、気付いているのかどうかすら考えていないのだと思う。

「・・・・・・。」
(すっごく見てるよね。)

睨んでいるわけではない。真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ、俺のことを見ている。「何が楽しいのだろう。俺にはわからない。」とは言わない。俺は知っているから言えない。彼の心を知っているから言わないでいる。さて、勘違いしてもらっては困る。これは優しさではない。間違ってもそんな暖かいものではない。ただ、俺にとってどうでもいいだけ。岸谷新羅がセルティ・ストゥルルソンに向ける愛情に関係ないだけ。ならば、全てはどうでもいいことなのだ。

「はい、腕終わり。次顔見せてー。」
「・・ん。」
(あーあ、真っ赤。)

伏せていた顔を上げると、静雄は俺の視線から逃げるように真っ直ぐだった視線を逸らす。それも露骨に。少し汚れた顔は赤く染まっていて、これで俺が相手ではなかったら甘酸っぱい雰囲気にでもなれたかもしれない。まあでも、静雄のその姿はこの年頃の男子生徒に対して形容するのはどうかと思うけど、可愛いと思う。もちろんセルティには遠く及ばないが。とというか、セルティと比較対象になりうる存在なんてこの地球、惑星ぐらいだ。

「はい、目閉じて―。」
「ん、む・・・。」

両腕と同じようにウエットティッシュで顔をゆっくり拭う。子供みたいにギュッと目を閉じ、ビクリと身体を震わせる静雄に少し笑みがこぼれる。消毒して、絆創膏を貼っておしまい。本当に今日はそんなに怪我は負わなくてすんだらしい。喧嘩の規模はなかなかのものだったけど。

(たぶん、臨也がいなかったからだろうね。)
作品名:百年河清の恋心 作家名:がーと