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自分の証明【シンアラ】

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ガンマ団に正式に入ってからしばらくして、一枚の紙が配られた。
ドッグタグ。戦場で死んだ時、身元をわかりやすくするため身につけておく、IDプレートだ。
純銀製のそれは、普通のアクセサリーとしてもなかなか見栄えする物で、ミヤギなんて楽しみにしてスキップしながら申し込んだくらいだ。
俺は、そんな邪魔な物を戦闘につけておきたくなかった。別に申し込まなくても良いらしいので、しなかったら、親父が先に作っておいたとか言って、今朝一番でくれやがった。
仕方なく入れたポケットの中で、今は不愉快な音をたてている。

食堂へ行って定食を買った後、どでかいテーブルの角の方に降りている影に気付いた。
アラシヤマがまた根暗な雰囲気を振りまいている。こっちも暗くなるからたまらない。どれいっちょボランティア精神をお披露目するか、とヤツに近寄った。
アラシヤマは何かを書いていて、その紙の太文字印字は、ドッグタグの申し込み書であることを示していた。

「今更申し込むのかよ。」

突然かけられた声に驚いたのだろうか。アラシヤマは目を丸くして顔を上げた。次に無表情。

「あんさんどすか…」
「期限はとっくに過ぎてんぞ。知ってるだろ。」
「へぇ…」

苦笑いみたいな笑い顔。こいつのこの笑い方が気にくわなかった。曖昧なものが嫌いだからだ。
とりあえず、横に座る。許可を取るのは座ってから。

「隣、いいよな。」
「へえ。どうぞ。どうせ誰も座りまへん。」
「…ったく。」
「あ、シンタローはわての友達どす?」
「神に誓って違う。」

キラキラしたまなざしにそう返すと、周囲の明度が極端に落ちた。
こいつは自分で言っているとおり、友達がいない。求める友情とやらがやたら粘っこいのだ。だからみんなそれに捕まりたくないので、こいつから逃げるわけだ。
それさえ止めれば、頭は良いし戦闘もそこそこだし、友達ゼロという事態には陥らなかったはずだ。

ため息ついでに鉄火丼を頬張る。うまい。
アラシヤマは丁度宗教欄を埋めていた。この場合は宗教の頭文字(PROTESTANTならP、CATHOLICならC)を記入するのだが、何を書いたかはよく見えない。

「お前はやっぱ仏教なわけ?日本人だし…」
「わて…どすか?」

アラシヤマは遠慮がちに自分の宗教欄を俺に見せた。そこに書かれていたのは、『NO PREF』。

「わては、無宗教どす。」
「ふうん。」

こてこての日本人だから、それこそこてこての仏教徒だと思っていた。偏見だったようだ。
みそ汁を一口飲む。視界に入ったアラシヤマは独り言のような会話を続けていた。

「…ピンチを救ってくれる神様っていうものもいまいち信じられへんし、まして輪廻転生を説く仏教なんて。」

俺は咀嚼しながら独り言を聞く。

「わて、もういっぺん生まれとう無い。次生まれたら、蟻になってしまいまっせ。」
「蟻?」
「いうでっしゃろ、悪人が生まれ変わると、蟻になって人に潰されるって。わて、人殺しやさかい。」

ふざけた調子のない奴の喋り方。俺は思わず奴の表情を確認した。俺と目があって開いたのはあの苦笑。先程と、微塵も変わらなかった。
それから奴に対する意識が少し変わったような気がする。














「おいおい、そんなのまだ着けてんのかよ。」

俺が珍しく話し掛けたことが嬉しいらしく、顔を上げたアラシヤマはこれ以上にないくらい笑っていた。今となっては、昔の苦笑のような笑いが嘘みたいに思える。

「何どす、何どす?何のこと?」
「それだよ。ドッグタグ。」
「あぁ、これ。」

アラシヤマが砂糖を入れたばかりのカップをソーサーに置いて、軍服の中からそれを引っぱり出す。
そう、俺達はどういうわけだか二人きりで茶を飲んでいた。
アラシヤマが書類を持ってきたのが、丁度俺が総帥室で茶を飲んでいる時だったからかもしれない。そうだ、書類を俺に手渡しても、まだ物欲しげにこちらを見るアラシヤマについ茶を勧めてしまったんだ。

「これ、着けるの義務やおまへんの。」

そんな俺の自分への呆れも知らずに、アラシヤマは普段通りの様子。

「そうだ。けどな、入団からずっと同じもの着けてる奴は少ない。手入れもしないでな。」
「手入れするもんやの?」
「…。」

頭が痛い。
そりゃあ俺のだって手入れなんてろくにしないまま引き出しの奥底に眠っているが、着けない主義の俺と戦い以外でも律儀につけているアラシヤマとでは汚れる率が違う。身元確認用の大事な物なんだから手入れくらいしろバカ。
アラシヤマはチェーンをつまんでしげしげとタグを観察した。

「長いこと使うとったからむちゃ変色してしもたんえ。」
「変色も何も、真っ黒じゃねえか…」

何年も前銀特有の高貴な輝きを放っていたであろうそれは、すっかり硫化して鈍く光っていた。
そうでっしゃろか、と呟いたと思ったら、アラシヤマはそれを取り外し、丁寧に音を立てずテーブルの上に置く。
そして、テーブルにあったミルクピッチャーを取った。

「んー…あれから色んな事が変わったことやし、いっそのこと買い換えまっしゃろか。」
「いいんじゃねえの。」

そっと紅茶を一口含む。そこで気付く。

「…タグに書かれる基本データって変わるものなのか…。」

基本的な問題だった。ところがアラシヤマは瞬きをしただけで。

「…あたり前。この数年で、わての中でいろいろ変わったから、その分だけ確かに変わってますえ。」

とっくにミルクは混ざり、砂糖は溶けているのに、アラシヤマはティースプーンで紅茶を混ぜ続ける。
奴のカップの中を覗くと、黄褐色と白が渦を巻いて、先程までの赤茶色は消えて無くなっていた。

「あの頃は、シンタローはんなんてどへんかて良かったし。」

今だってそうなんじゃないのか。
そう言おうとして、思いとどまる。今更、こいつを試すような言い方は止めておこう。

「そうだな、俺も、あのころはいなかったうるさい京都弁の虫が周りを飛ぶようになった。」
「うるさい思われてて嬉しゅうおす。何とも思われてへんよりましやわ。飛び甲斐がある。」
「こっちは払い甲斐がないっつーの…」

部屋にはカラカラとスプーンを回す音が響いていた。

「…あのころはなぁんも信じてへんかった。ソレは今かておんなじやけど、一人だけ信じてる人がおる。その人のために死ねる。それだけでじゅーぶんな変化どすえ。」

ぬるくなった紅茶を、ようやくアラシヤマは飲んだ。
一人だけ信じている人がいる。
こいつがこういうことを言うのはいつもの事だけど、改めて言われるいつもとは違う気分になる。俺は頬をかいた。

「…あのな、俺は…」
「わてのこと信じてへんことくらい分かってますさかい。信じるゆうんは、どうやって出来いくものなのか全くわからへん。わても、どうやってあんさんを信じたのやろ。」
「…悪ぃ。」
「あやまらんといておくれやす。わて、楽しみにして待ってますさかい。」
「何を?」

カップとソーサーが軽くぶつかり音を立てた。

「シンタローはんが、わてを信じてくれはる時を。」

…。
やっぱ、俺、お前のその笑い方嫌いだ。
前とは違う意味で嫌いだ。




「…ああ。思いつきました。そうしましょ。」
作品名:自分の証明【シンアラ】 作家名:やよろ