異議なし
「なんで」
トムが一日来の相棒に問い返すと、静雄はちょっと困った顔をして、サングラスをかけなおす。
「なんつーか、俺、二人だけで仕事まわすってのやったことなくって」
今までの仕事は大概二人以上だった。バーテンだって、たとえばホールの係がいてマネージャーがいて、そうやって多数でひとつの店を成り立たせている。
だが今回の業種は金の取り立て、事実上一人でも二人でも構わない。なのに、あえて二人でやることに静雄はなんだか違和感を持ったのだ。もっと言えば。
「俺が取り立てに行くだけならいいんスよ。でも一緒にいたら、トムさんだって無事じゃ済まないし」
「そんなの最初っからわかってるじゃないか」
「そう、トムさんが最初っからわかってることもわかってるんスよ、けどなんつーか、万一ってこともあるし」
それに、自分じゃなければいけない理由はないし。ならば、トム一人のほうが効率的で非暴力的で安全だ。
自分じゃなければいけない理由で雇われたのだとしたら、それは嬉しいけれど、自分の中の好きではない部分――この場合は力を――求められてるだけのようで、やっぱり複雑だ。
一晩考えて、ちゃんと身支度を調え、トムと落ち合い、さあ二日目の仕事に行くかということになった時に、ようやく切り出すことができて静雄はほっとしていた。
なのにトムは残念がるでもなく動揺するでもなく、今日はいい天気ですねとでもいうふうに静雄に切り返す。
「お前借金で首回らないじゃないか。あちこちで公共建築物壊しまくって」
「そうっスけど」
ゴミ容器ならまだいい、自販機なんて日常茶飯事だし、だがしかし一言で吹っ飛ばしたと言うには、ガードレールや標識は存外お高い。
「だから俺はお前にそのぶん働いてもらうし、お前がなにか壊したらきっちりと天引いてやる」
サングラスの下で目を軽く見開きながら、ああそういうことか、と静雄は思う。
つまりこれはビジネスで、全て計算の範囲を出ないことがらでしかない。だからそんなに気負うことはないとでも言うのだろう。いっそそのほうがいいかもしれない。思えば仕事というものはすべからくそういった類のものでしかない。ギブとテイクの交換。
「でも俺はお前が無茶してるとか間違ってると思ったら言うだろうし、お前が飢えてたら飯くらい食わせるけどな」
「え?」
その発言は先の発言とどこか矛盾してはいないか?何度も考える。何故か頭がぼうっと熱くなる気がした。
「何か文句が?」
「いえ……ありません」
ありません、ともう一度口の中だけで呟く。それは甘露のごとく甘く喉を過ぎ腑のすみずみにまで染み渡っていった。経験したことのない暖かさを伴って。
「ないんなら行くぞ」
トムはすでに数歩先を歩いている。
それを大股で追いながら、静雄はもう一度、ありません、と心で呟いた。
灯った暖かさは、消えてはいかなかった。
<終>