五月晴れ
邂逅するはずでなかった、経済学部の後輩と農学部の先輩は、二年前写真部で出合った。お互い留学生同士、慣れない日本で二人はすぐに親しくなって、待ち合わせは決まって裏山の中腹のバラ園であった。毎日、二十分掛かる道を一人で歩いた、下りを二人並んで歩く為に。
よっこらせ、ボヌフォアが使うものだから覚えてしまった年寄り臭い日本語。ズボンの腿で手の汗を拭って、眼鏡をポケットにしまう。視界が少しぼやけても問題ない。革靴が泥で汚れていく。甘いにおいはもう近い。木々の、緑の間から覗く、小さな温室が彼のお城、そして、二人の。坂が平らになって、息継ぎ。見計らったようにある水道で、泥だらけの蛇口を捻って、まず手を洗い、下から体を捻って太陽を見る、口を開いて、汗のにおい、シャツが濡れるのも構わずに、喉仏が上下して嚥下、水を飲む、土のにおい。レンズに、水の跳ねる様子を一枚、自分の足跡の付いた小道、足元の花、木の枝にたわわに成ったオレンジの実、飛行機雲の軌跡、遠くの山の向こうにあるであろう故郷、広がる緑に隠された小さな温室、閉じられたドアが開いて、一枚、開いて、シャッター音、はみ出た金色の髪、パシャリ、彼、を撮る自分、レンズを通さなくても知覚できる、その表情。
「遅かったね」
作業服を腰まで下ろして、タンクトップから覗く腕は日焼け、長い髪は一括り、肩にはタオル、泥まみれ。
「ゼミの発表が長引いて」
一歩、二歩、互いに詰めて、彼の鼻から土を払ってあげれば、髪に絡まった綿毛を摘まれる。土が染みた爪の間から、湧き出るように甘いにおい、棘に傷ついた指先は、潔く美しく、ウィリアムズはその指を手に取り、撫でて、キスした。温室の中では、もうすぐ赤い蕾がほころぶだろう。太陽が、少し高度を、下げた。