堕ちていることなど意識しない
聞こえてきた名前に静雄はそちらに視線を向けた。
来良学園の制服を着た少年と二人の少女が歩いている。そのうちの一人であるロングヘアの少女を視界に納めて静雄はホッとした。
今日も竜ヶ峰帝人は無事であるらしい。いつも通り愛らしく、友人たちと楽しげに話している。
壁にもたれ煙草を吹かしながら少しニヤケている自覚が静雄にはあったが、構わず少女の姿を追い続ける。
突然少年が帝人の肩を抱く。その光景にブチリと噛み切られた煙草が地面に落ちたが、静雄はそれには構わず少年に殺意のこもった視線を向ける。だがすぐに帝人自身によって腕が払われたのでひとまずは静雄も落ち着いた。もっとも、苦情を言いながらも帝人も少年も楽しそうで、それには苦い気持ちを抑えられない。帝人が笑顔を向けるのは、誰であっても気に入らないのだ。たとえそれが幼なじみの親友だろうと、仲のよい女友達だろうと。
三人の姿が見えなくなって、静雄もそこからの移動を始める。今日は彼らはまっすぐ帰るらしい。それならいつもの場所で別れるのだろう。
裏道と近道を駆使して着いた物陰でしばらく待つと、先程も聞こえた声たちが近づいてきた。そっと伺う視線の先、三人は路地の分かれ道で手を振ってまた明日、と別れの挨拶をしている。
そして帝人は友人たちと別れて一人歩き始めた。その少し後ろを静雄は足音を殺して歩く。
池袋の繁華街に比べればまだこの辺りは安全だろうが、昨今は住宅街といえど安心はできない。暗がりも物陰も至る所にあるし、どこに危険な人物が潜んでいるか知れたものではない。ましてや女子高校生の一人歩きなど、何があってもおかしくはないだろう。だから静雄はこうしてできる限り帝人の帰り道を見守っている。愛らしい姿を眺めることに幸福を感じるのは確かだが、それ以上に少女の安全を守るという大事な使命なのだ。
不審者がいないか目を光らせながら歩くうち、帝人のアパートに到着した。少女の部屋の明かりがついたのを確認して息をつく。
今日も帝人は何事もなく無事に帰れた。喜ばしいことだ。だが、肝心のアパート自体がかなり古いものでセキュリティも何もないことがいつも不安ではある。高校生の一人暮らしで苦学生らしいから安い所にしたのだろうが、女が暮らすにはかなり適さない物件だ。とりあえずは学校の行き帰りは見守れるが、自分が仕事で来れない時や帝人が家にいる間に何かあったらと思うと、不安で不安でたまらない。ましてや帝人はあの情報屋に目を付けられている。あのノミ蟲なら不法侵入など平気で簡単に行うに決まっている。
いずれは時期を見て自分の家に来させた方がいいだろう。静雄のマンションは普通の物件だが、少なくともここよりはマシであるはずだし、それにそうすれば少なくとも家にいる間は確実に守れる。それか弟の幽のマンションならセキュリティは静雄の家とは比べものにならないはずだからそれでもいい。弟ならきっと帝人を気に入る。
その思いつきは非常に良いように静雄には思えた。それならば、色々と準備をしなければならないだろう。静雄はきびすをかえして再び繁華街の方へと向かうことにした。
さて、まずはなにが必要だろうか。
万一あのノミ蟲が来ても連れていけないように、頑丈な鎖か?
作品名:堕ちていることなど意識しない 作家名:如月陸