マネージャー臨也×モデル静雄
ばたり。
車に乗り込みながら、運転席から振り返らずに男が告げた。
清潔そうな黒髪に、酷く整った造作を隠す黒縁の眼鏡をかけた若い男は臨也と言い、彼のマネージメントを一手に手がけている青年だった。
声をかけられたのは後部座席に座る、臨也とほぼ同じ年くらいの青年で、綺麗に脱色された上で染められた金の髪と、色の濃いサングラスをかけている、嫌味なほど足の長い、静雄という名の男だ。
彼は、
「ふん」
と、興味もなさそうに鼻を鳴らした。
その反応に、臨也の眉間がぴくりと揺れる。
「・・・・・・シズちゃん?」
はじめから笑みを刻んでいた口端は、そのままで、ひやりと社内の空気だけが至極冷たくなっていく。
だが、声をかけられた静雄の方は、少しも気にした様子などなく、窓の外に視線を投げかけたのだった。
「はぁ」
吐かれた臨也の溜め息も、彼には届かない。
だけど。
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マネージャー臨也×モデル静雄
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高級だとされるそれなりの値段な国産の乗用車は、まるで滑るようにして街を駆けていた。
流れ行く街並みを、静雄は深くシートにもたれかかって、見るともなく見つめている。
見慣れているはずの街は、だがいつだって見慣れない何処かのようで。
それはきっと、静雄の方に、流れる街並みを見慣れようとする気概がないからだったろう、窓ガラスにはぼんやりと、違えようもない自分自身が映っていた。
だが、そこでふと気付く。
「?」
先程の臨也の言葉。
それに反応を示さずとも、静雄はちゃんと耳を傾けていた。
だとするなら、今見つめている景色は、到底その目的地に向かうものではなくて。
「・・・おい」
呼びかけるとすぐに気付いた臨也は、バックミラー越し、無骨な黒縁眼鏡の奥で、チェシャ猫のように眦を歪めた。
それに静雄はぞっと背筋を凍らせる。
あの笑みは。
これまで幾度も見たことのあるそれで。
だから静雄は知っていた。
これから彼が取るであろう行動を・・・・・・これまでの経験によって。
「い、臨、也?」
がちりと、歯の根が軋む。
臨也は笑った。
透明な硝子越しに。
まるで楽しくて仕方がないと。
そんな風にも思えるような笑みで。
「ふふ。がっついちゃ駄目だよ、シズちゃん。あとちょっとだけいい子で待ってて・・・・・・解ってるでしょう?」
その笑みが、口調が、どれほどの恐怖を伴っていたことだろう。
静雄は自分の顔面から、一期に血の気が引いていく音が、聞こえたような気がしていた。
車窓では流れる景色。
もはやそれに興味を向けることすら出来なく。
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連れ出されたのは人気のないガレージ。
静雄の自宅である其処は、過ぎるほどに見慣れた場所であるはずなのに、逆に何時までたっても慣れないほどの醜穢な匂いで満ちているような気がした。
がつりと。
躰を、車のフロント部分に押し付けられる。
臀部を突き出すような体勢だ。
カチャカチャと幾度か軽く音がして、緩められたベルト、ジッパーとボタン。
身に着けていたデニムを、下着ごと、驚くほどの早業で引き摺り下ろされた。
ガチャリと。
打ちっぱなしのコンクリートに高い音が響いて。
思わず静雄は、びくり、背を揺らしてしまう。
そうしたら背後で、今、静雄の下半身を一瞬にして露にして見せた臨也が、くつくつと喉の奥で笑った気配がして。
「あぁ、ほら、やっぱり・・・期待してるの?もう此処ガチガチだよ。シズちゃん」
ぎゅむりと。
彼の言葉どおり、何もされないうちから芯を持ち始めていた静雄自身を、手加減のない力で握りこまれた。
先程の比ではないほどに、背が跳ねる。
後ろから差し込まれた彼の腕はその場所を握りこんだままで、もう片方の静雄を車へと押し付けた方の手のひらが、ゆるりと静雄の肌を服の上から這って、まるでそれは何か大変貴重な美術品に恍惚と触れる指先のようなのだった。
「っ・・・!おま、え、時間は・・・・・・」
詰まった息で切れ切れに、辛うじて思い出したこの後の予定を問ってみる。
先程臨也自身が告げていた予定だ。
時間的にぎりぎりというのではなかったけれど、さほどの余裕があったわけでもなかったはず。
あの時点で既に13時を過ぎていて、此処からスタジオまでの時間もある。
すぐにも出ないと遅れてしまうだろうと思われた。
静雄の何処かしら切羽詰ったような訴えに、臨也はますます口端の笑みを深くし、ふと、躰を倒して、彼の耳元に息を吹きかける。
生温かく、だが冷たい息だ。
それはつまり臨也自身が、ほとんど興奮していないことを示していて。
「心配しなくても大丈夫だよ。お行儀の悪いシズちゃん。これはちょっとしたお仕置きだからね?」
うん、大丈夫大丈夫、君なら心配ないさ。
今業界一押しのスーパーモデル!
どんな服でも着こなせるスタイルの良さと存在感。
態度にちょっと難があるけど、どうしようもなく引き寄せられる華がある。
そんな君なら大丈夫だよ、静雄くん?
ぺらぺらと饒舌に臨也の口が滑った。
その間も絶え間なく、掴まれたままのそれは次第に微妙な強弱を持って扱かれはじめ、肌を這っていた指先はつるりと静雄の白い双球を撫で上げた。
肉付きの薄いだが存分に柔らかい肌の感触を手のひらで楽しみながら、更に奥まった場所まで指先を這わせる。
其処はひくひくと何かを期待するかのように震えていて。
臨也の話すことに欠片も嘘も存在しなかった。
ただ、普段は呼ばない名称で静雄を呼んだことに、耐え難い悪寒が背を震わせている。
知らず。
車につけた手に力が篭った。
それを見咎めたのだろう、笑い混じりの声が過ぎるほど鮮やかに耳朶に流し込まれて。
「あぁ、それ以上どっかに力入れたりしないでね、車壊れちゃうし。ねぇ、シズちゃん。悪い子にはお仕置きしなきゃね?うんとやらしい写真、撮ってもらうんだよ?そもそもなんで俺が君のマネージャーなんかに甘んじてると思ってるのさ。君がモデルになるだなんて決めた時、俺は確信したよ!俺以外に君のマネジメントなんて出来ない。だって・・・」
君を御しきれるのなんて・・・俺だけなんだから。
その囁きは、まるで悪魔のそれのようだった。
手が滑る。
白い肌を。
その手はいったん離れて、だがすぐに戻り。
戻った時には。
「っ・・・・・・――っっ!!!」
ガレージの中に、声にならないような引きつった悲鳴が、響き渡ったのだった。
Fine.
作品名:マネージャー臨也×モデル静雄 作家名:愛早 さくら