悪い夢
自分がいて、妹がいる。ただそれだけの夢だった。
「夢を見た」
むくりと寝床から体を起こしての第一声に、カイネは不可解を露わにした。
「それがどうした」
自身はとっくに身支度を終えて、相変わらず豊満な肢体を惜しげもなく晒している。
朝の運動兼飯の調達にと狩ってきたイノシシを解体している姿にぼんやり焦点を合わせたニーアは緩慢に首を横に振った。
「・・・いや、なんでもない」
「そう言われると気になるんだがな」
食うか?と解体したばかりのイノシシの生肉を差しだされて、せめて焼いて欲しいとニーアは固辞した。
「なんだか、悪夢だったような気がするんだ」
「悪夢、ねえ・・・どんなものだったんだ?」
枯れた枝やら草やらを集めて火を熾しにかかる後ろ姿から質問が飛んできて、「珍しい」と感想が口をついて出た。
「そうでもないさ。悪夢は他人に言うと逆夢になるらしい。話半分でなら聞いてやるよ」
乾いた枝を糧にして燃えだす炎と、それを眺める後ろ姿を交互に見てから、ようやく重い口が開かれる。
「暗い場所にいたんだ。狭くて、暗くて、寒い場所。がらん、って大きな音がして夢の中で目が覚めた」
夢の中でも眠ってたんだ、おかしいだろう?自嘲するような言い草に返って来たのは大きく木の枝が爆ぜる音だけだった。
「顔を上げると外は白かった。ちらちら雪が降っていたよ。それで思うんだ、ああ夏なんだって」
「夏に雪とは、世界の終わりのような光景だな」
相槌は打つものの我関せずといった様相で背中を向けたままでいるカイネの向こうで炎が大きく燃え上がる。
「何処からか声が聞こえてそっちを見ると、シロがいた。いや、シロじゃなかったのかもしれない。僕はその本を憎んでいるようだった」
ふうん、薄く削いだイノシシの生肉を咀嚼しながら太い骨のついたそれを火の上に翳す。男らしい、原始的な調理だとニーアは苦笑した。
「本を蹴ると夢の中だってのに、マモノが現れた。真っ赤な血が辺りに飛び散って、生々しいことこのうえ無かったよ」
「夢の中でも戦うか。気苦労が絶えないな」
くるりと肉をひっくり返して焼け具合を見る。もういいか、呟いて齧り付いた。
「マモノを全部殺し終わって一息ついたら、背後から誰かが咳をする音が聞こえるんだ。あれはヨナだって直感して、急いでヨナの所へ行った」
夢の中でもヨナは苦しげに咳をしていた。
辛そうな妹の背を擦り、食料を探しに出た。くれぐれも本には触らないように釘を刺して。
「後は、わからない。すごく辛かったような気がするし、すごく悲しかったような気もする。そして、大切なものを失くしたような気がするんだ」
骨まで舐め取るようにカイネは余すところなくイノシシを平らげてくるりとニーアに向き直った。
「それは、夢の話だよな」
頷く。
あれは確かに夢だった。見たこともない世界で見たこともない場所の。
「ただの夢だよ」
そうでありますように。