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米を研ぐ

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 硬い米粒の感触を指先で確かめながら、自分はどうして米など研いでいるのだろうとふと思った。もちろん食べるためである。しかし食べるのは自分ではない。

 駅から歩いて十分ほどのところにこの家はある。駅前には活気の溢れる商店街があり、野菜などの物価も安く、家から3分以内のところにコンビニもある。家の周辺は住宅街なので静かだ。非常に暮らしやすいところと言える。
 乃梨子が一人暮らしを始めると聞いて瞳子はすぐに不安になった。乃梨子は高校生の頃から、何かに没頭すると食事すらまともに取らないところがある。人には「ちゃんとバランスよく食べなきゃだめだよ」などと言って寄越すのに、自分の事となるとてんで無頓着だ。前は大叔母さんのところに下宿していたからまだ良かったが、そこからだと大学が遠くなってしまったために一人暮らしをする事になった、と表向きにはそういう事になっているが決して通えない距離でもないので、単に一人で気楽な生活をしたかっただけだろう。寮ではないが学生専用のアパートは家賃も安い。しかし、ただでさえ仏像鑑賞の趣味のために節約している彼女の食事がどういう事になるのか、それは容易に予想できる。そしてその予想は見事に的中した。
 初めて乃梨子の部屋に遊びに来た時はカップ麺だった。その次はコンビニのおにぎり。その次はスーパーの半額シールがついた菓子パン。自炊した方が安上がりなんじゃないのと言ったら、一人暮らしだと食材を余らせてしまって逆にお金がかかると返ってきた。それにバイトもあるからいちいち作ってらんないし。そう言いながら瞳子の差し入れである肉じゃがをほおばる乃梨子に、ただ料理できないだけなんじゃないの、と言ってやれば、乃梨子は箸を止めて顔を上げ、「じゃあ瞳子はできるの?」と勝ち誇ったように笑った。瞳子の家の肉じゃが美味しいね、今度うちで作ってみせてよ。それは頭に血が上った瞳子が「料理くらいできるに決まってますわ!」と言ってしまうだろう事を確信した上での笑みだった。
 いいように操られている自覚はあったが、それでも瞳子は料理を始める事にした。店のような味などは到底無理だが、とにかく家庭で作れるもので乃梨子に美味しいと言わせなければならない。突然料理などしだした瞳子に家の者は「恋人でもできたのか」と騒いでいたがそれは黙殺し、ただやってみたくなったとだけ告げた。

 それから瞳子は時々こうやって、料理の味見をしてもらうという名目で学校の帰りに乃梨子の家まで遠征している。瞳子とて決して暇ではなく、バイトはしていないものの演劇をやっている関係で非常に忙しい。だからこうやって乃梨子の家に来るのは月に一、二度がいいところなのだが、瞳子はすっかりこの家に馴染んでしまった。調味料や食器類だけでなく、タオルや救急箱の場所まで把握している。もはや自分の部屋のように落ち着ける空間だった。もしかしたらそれ以上かもしれない。六畳一間にキッチンと風呂、トイレ、洗濯物を干すだけの小さいベランダ。瞳子の部屋と比べても圧倒的に狭い。しかしその狭さが妙に心地良かった。主が不在の他人の家で、瞳子は米を研ぐ。そこかしこに乃梨子の気配がする。
 水がだいぶ透明になってきたところで、瞳子は米を炊飯器にセットした。時計を見る。一時間後には帰ってくるだろう。一息ついて、窓の外に目をやった。一日天気の良かった空は既に薄暗く、僅かな赤みを残すのみとなっていた。室内に目を戻せば、テレビの脇にある観葉植物もうっすらと赤く染まっている。この部屋は殺風景だ。年頃の女子の部屋とは思えない、木目の家具ばかりの地味な色合いだった。この観葉植物を置いたのも瞳子だ。小ぶりなポトスの鉢植えに近寄ってみれば葉は活き活きとし元気そうだった。きちんと世話をしているらしい。乃梨子は面倒見がいいから。鉢植えをあげた時も、とても喜んでいた。

 がちゃりと玄関から音がした。次いで声がする。
 「あれ、瞳子?」
 来てたんなら連絡ちょうだいよ。乃梨子はそう言って少し困った顔をして、手に提げていたビニール袋を持ち上げた。
 夕飯、買ってきちゃったよ。ならそれ食べれば。やだ、瞳子の作ったご飯の方が美味しいもん。ご飯、まだ炊けないわよ。いい、待ってる、瞳子も食べてくでしょ。いいの?当たり前じゃない、なんならまた泊まってってもいいよ、明日の予定は? ……午後から。なら決定ね。
 羽織っていたグリーンのチェックのシャツを脱いで、乃梨子はにっこりと笑った。
 瞳子のセットした炊飯器が、こぽこぽと小気味良い音を立て始めた。


作品名:米を研ぐ 作家名:泉流