簡単でしょう?
視線は大して興味もないお笑い番組に向けながら、ふいに臨也さんがそんな世迷言を吐いた。
なんだろういきなり。テレビの中でそういうネタでもやっていたのだろうか。
一瞬の沈黙のあとで、洗い物をする手を再開する。
食べるだけ食べて後は何もしないなんてどういう了見なのだろうか。何度目かのため息をつくと、臨也さんがまた「二人きりだったら、良かったよね」と、静かに呟いた。
「・・・思ってもいないこと言って楽しいんですか」
「えー?思ってるよ?」
「楽しいんですね」
「俺と帝人くんだけだったら良かったよ、ほんと」
「(・・・はぁ)」
かみ合わない会話に早々と見切りをつけて、手を動かすことに集中する。
臨也さんの頭がおかしいのはいつものことだ。今日はちょっとセンチメンタルなネタがお好みのようだが、あいにく僕は臨也さんと二人っきりなんて死んでもごめんなので、そんな世迷言に乗ってあげたりはしない。
あいかわらずブツブツとうるさい臨也さんを無視して焦げ付いたフライパンに躍起になっていると、ふいに背後に人の気配を感じた。
「帝人くんってほんとに酷いよね。俺今、結構大胆な告白をしたつもりなんだけど」
「そうですか、それは失礼しました、離れてください」
「ヤだ」
「(・・・はぁ)」
背中にぴったりとくっついたままの臨也さんなんか気にせずに作業したいのに、痺れを切らした臨也さんが腕ごと僕を抱きしめてしまったので、そうもいかない。
いつもだったら臨也さんの世迷言なんか無視しても『聞いてる?』だとか『酷いな』て済むのに、今日の臨也さんはなんだかしつこくて、めんどくさかった。
「臨也さん、何かあったんですか」
「帝人くんがね、冷たいんだ」
「・・・そうですか(聞いた僕が馬鹿だった)」
「だからね、世界に俺と帝人くんとの二人きりになれば、きっと優しくしてくれるんじゃないかな、って」
「そうですか」
「ついでに、俺しかいないなら俺を好きになってくれるんじゃないかな、って」
「それはないですね」
「・・・なんで?」
大して興味もない話題なので適当に相槌を打っていたけれど、ここばかりは否定しておかないと、と思って語調を強めた。
それが気に障ったのか、臨也さんは後ろから僕を拘束していた手を解いて、正面に向き直るように僕の体を半回転させる。
そうしてかちあった臨也さんの瞳は少し潤んでいて、目が痛いのかな、とぼんやり思った。
「なんで。なんでなんでなんで、好きになってくれないの?」
「だって臨也さんと二人きりだなんて、僕、堪えられないです」
「なんで堪えられないの」
「好きじゃないからです」
「・・・・・・」
「臨也さんと世界で二人きりになったら、僕死にます」
「・・・・・・なん、で、」
「だから、好きじゃないからです」
「・・・・じゃあどうやったら、好きになってくれるの?」
「・・・さぁ?」
無理なんじゃないですか。・・・・あ、
・・・なに?
「でも臨也さんがこの世で一人っきりの天涯孤独なかわいそうな人になったら、好きになってあげます」
貴方は最低な人なのに、まだ貴方の周りにはたくさんの人がいる。それ、気に入
らないんです。
大して興味もない話なので、僕はやはり適当に、緩慢に答えを出す。
臨也さんはぱちぱちとした瞬きのあと、くしゃ、っと顔を歪めて僕を強く抱きしめた。
僕はやっぱり言わなきゃ良かったと思いながら、泡のついた手で臨也さんの頭をゆっくり撫でた。
(だから、臨也さんが、好きにならせてくれないんじゃないですか)
(・・・・帝人くんって、ほんっとにひどい!)