愛し
誰も知らないところへ行きたいのだと帝人が言った。
俺は少し迷った後、一人でか、と小さく口にする。
答えが欲しかったわけじゃない。むしろ答えはいらなかった。たった一つの言葉以外は、いらなかった。
帝人はそんな俺の気持ちを察したかのように、内緒です、と静かに笑った。
それが俺が最後に見た、帝人の姿だった。
『・・・静雄、大丈夫、か』
「セルティ。・・・お前こそ」
園原杏里の要請で帝人を探し始めて数時間もしない内に、彼は見つかった。物言わぬ体となって。
にこやかに微笑んでいるかのような穏やかな顔をして、随分と物騒な物で命を絶っていた。刃渡り15センチほどのナイフ。・・・臨也の、ナイフ。
俺とセルティが帝人を見つけたとき、そこには既に臨也がいて、呆然とした顔で帝人を見下ろしていた。言葉が出てこないようだった。ナイフは、臨也が握っていた。
当然のように俺は臨也を殴る。セルティも止めはしなかった。そして臨也本人も、それを甘んじて受け入れた。
吹っ飛んだ臨也の元へ一足飛びへ駆け寄って、再び襟を掴み上げると、臨也はやっと口を開いた。「殺してよ、シズちゃん」。
帝人くんを殺した俺を殺してよ。殺して、俺を許してよ。俺が俺を許すのを、
シズちゃん、手伝ってよ。
全てを言い終わる前に、腹に一発入れてやった。がっ、と喉を鳴らして気絶した臨也のその後のことは、知らない。
ただ恐らくあいつは自分の知る限り全ての人間に懇願しに行くのだろうと思った。
許してもらうために。帝人のそばにいくために。
俺はそれが許せなかったけど、でもそれが帝人の望んだ臨也の結末なら、文句はなかった。
ただ。
『静雄、』
「・・・セルティ、俺よぉ、前に帝人に聞いたことがあったんだ」
一人でいなくなりたいのか、って。
俺は帝人においていかれた。あの時望んだ答えは、俺と一緒にいなくなりたい、だった。
帝人は全てを計算して、臨也にはふさわしい結末を用意してやったのに、俺には何もくれなかった。俺の望んだ結末は、できれば生きていた方が良かったけど、でも別に、帝人が傍にいれば良かった。
でもそれはもう、叶わない。
「帝人は、俺が嫌いだったのかな」
『そんなわけない。帝人は確かに、お前のことが』
「帝人は、俺がいらなかったのかな」
『そんわけない。帝人は、静雄、帝人は、』
「・・・ごめんセルティ、俺、酷いこと言ったな」
『帝人は、静雄、みかど、は、』
「セルティ、」
『み か ど は 』
首のないセルティが泣く。俺も泣いた。穏やかな顔で逝った帝人だけが、今も昔も笑っている。
誰も知らないところへ行きたいのだと言った。誰も自分のせいで傷つかないところへ行きたいのだと。
きっと帝人は、俺たちが考えてるよりずっと強くて、そうして弱かった。俺たちが傷つくのが嫌だなんて、そんなのは独りよがりだ。だって代わりに帝人が傷つく方が、俺もセルティも、園原杏里も紀田正臣もきっと耐えられない。
自分の痛みは良い。自分で選んだ道の先で傷つくのなら本望だ。だけど帝人は、そうじゃなかった。
『帝人は、優しかった』
「・・・ああ」
『でも、ずるかった』
「・・・そうだな」
『帝人、帝人帝人帝人みかど、』
「・・・・・・俺を、置いていくなよ」
『みかど、さびしくないか』
「何か、言っていけよ」
『みかど、いたくないか』
「・・・セルティ、」
『みかど、わらってるか』
「・・・・・っ」
初めて言葉を交わしたときも、最後に言葉を交わしたときも、帝人は笑っていた。確かに、笑っていた。
でももうわからない。どこにいるのかもわからない。そこが帝人にとって、暖かくて、優しくて、寂しくないところならいい。もういらない心配をするようなことがないといい。
(そうしていつか、笑顔で迎えてくれたらいい)
『・・・みかど、またあおう』
「あー・・・夢にでも出てきてくれねぇかな」
『それは名案だ』
「だろ?」
首のないセルティが泣く。俺も泣いた。穏やかな顔で逝った帝人だけが、今も昔も笑っている。