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愛じゃ地球は救えない

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長野から名古屋に帰ってきた佳主馬を待っていたのは、都市特有のむせかえるような熱気と人ごみと忙しない生活だった。とは言っても、夏休みの宿題以外に差し迫ってしなければならない事は特になく、あと向こう二週間は忙しなさからの解放が約束されているので、佳主馬はただただ熱気と人ごみからだけ逃げるように、パソコンの前に向かっていた。手はひたすらキーボードを打つ、打つ、打つ。その瞬間だけは、全ての物事から自由となった気分に浸れた。実際は、王者として背負った周りからの期待、羨望、嫉妬いった、自分ではどうしようもないしがらみばかりで束縛されていたけれど、それでもよっぽど現実を見据えるよりは心地が良かったのだった。それほど、この夏の間に佳主馬が体験した出来事は、自分の中で日常との折り合いをつけるのが難しいほど、きらきらと光り輝いていた。その中心にいた彼の事が眩しくて仕方なかった。親戚のお姉さんが連れてきたお兄さん。自分とは何の縁もない、東京からやってきたお兄さん。年下と年上。男と男。ただの他人。確かに自分と彼は、短期間で何ものにも代え難い何かを共有したはずだったのに、あの大きな家を一歩出たところでそれは霧散してしまって、夢だったのではないだろうかという気にすらなる。頼りない薄い背中。汗でポロシャツが貼りついていた。別れ際に交わした、またね、の軽さに気がついた時には、佳主馬は多分恋に落ちていた。それからもうずっと、瞳に焼けついたあの人の影だけを追い続けている。彼の傍に行ける理由を探している。
 例えば、あの人が少女だったら良かったのではないだろうか。
 馬鹿馬鹿しいのは百も承知だったが、それでも良いから彼との真っ当な関係が欲しい佳主馬は、自分にだけ都合の良い幻想を思い浮かべようと、ノートパソコンを電源も切らずにそのまま閉めた。モニターの向こうで自分のアバターがじっとこちらを見つめていたが、構いやしなかった。そのまま天井を見上げる形で寝転がり、頭の下で腕を組む。ああ、あの人がもし、男子高校生でなく女子高生だったら。以前見せてもらった、夏希の高校の入学式の写真を思い出す。彼女と同じ制服に身を包んだ彼の人が、スカートを翻す光景がありありと浮かんだ。悪くない。良いじゃないか、女子高生。年上の人。お姉さん。
 その延長で、思い出した横顔が瞼の裏に蘇る。辺りには白い紙が散乱していて、真ん中にはあの人がいた。ペンを走らせる右手の中指には硬い硬いペンだこが出来ている事を、たった数日間の内に佳主馬は知ってしまっていた。そして、その手は決して白魚のような少女らしい手でもない事だって。
 ふと、顔を上げた彼が、おもむろに周りの用紙を片付けて立ち上がった。そしてこちらを見る。視線が交わる。胸が高鳴った。あの人が何かを告げようと口を開くのを、自分はきっと恍惚に満ちた表情で見ているに違いないと思った。
「要は、佳主馬くんは僕の事を持て余しているんだよ」
 唐突に、自分の呼吸が浅くなったのを感じた。ただの妄想だというのに、白昼夢だというのに頭の中の彼の人はひょろっとした背格好そのままで、やはりこちらを見ていた。その足はしっかりと地面を踏みしめて、もちろんズボンで覆われている。だってこの人は、健二さんは、
「僕は男なんだから」
 その言葉を聞いた瞬間、佳主馬は飛び起き、気づいた時には、ああ、違う、違うんですと、幻に向かって必死に頭を振っていた。本当は性別なんて関係ない、あなたがあなただったから好きになっただけです、ただそれだけなんです。そう言おうにも聞かせたい相手はここにはいなくて、ここよりもっと熱気と人ごみと忙しなさで溢れかえった場所にいる。そんな所にいればあの人はきっと、片田舎で出会った年下の、それも男子中学生の事なんて忘れてしまう。ああ、一体どうすれば、どうすれば!
 そうしている間に、健二の姿は佳主馬の頭の中から溶けるように消えてしまっていた。手を伸ばしてもきっと届かないのだろう。でも、幻でもなんだって良いから傍にいて欲しい。この思いを拒絶してくれたって構わないから。
「…好きだ、健二さん。本当に好きなんだ」
 思わず漏れたつぶやきに慌てて口を覆ってみても、ここは上田のあの家でも、ましてや東京でもないので誰にも届かない。ぽろりと涙を一粒零しても、ここは名古屋の池沢家の自分の部屋で、驚くくらいに今の自分は一人ぼっちだった。泣いているところを見られなくて済む事を喜ぶべきか、あの人の不在を嘆くべきか。ああ、一体どうすれば!

 今や世界は、人は、ネットワークで繋がっているだなんて嘘だと思った。愛を囁いたところで隣にいられなければ所詮どうにもなりやしないという事に、気が付きたくなんかなかったのに。