たとえその先にきみがいなくとも
いつもならば「大丈夫です」「10代目の手を煩わせるなんて」などと騒がしい獄寺の口も閉じられたままだ。ちらりと綱吉が獄寺を見上げると、居心地の悪そうな様子で眉を下げている様子が目に映る。失敗をしたときに見せる顔に似ているなと綱吉は思った。
多分獄寺は綱吉の体から立ち上っている感情に気付いているのだろう。綱吉自身隠そうともしていないし、もともと綱吉の機微には敏感な獄寺だ。気付かないわけがない。それは時として気付いて欲しくないことまで察してしまうほどで、綱吉はそのたびに酷く困ってしまったものだった。
(なのに、どうして君は)
綱吉はキュッと唇を結んだ。あふれ出す感情に目頭まで熱くなってきてしまって、綱吉は慌ててそれを振り払うように瞬きを繰り返した。
手を止めた綱吉に手当てが終わったと思ったのだろう。獄寺が少し躊躇いがちに綱吉に呼びかける。
「手当て、ありがとうございました」
頭の上からかけられた声に綱吉は顔をあげなかった。目を合わせてしまえば、酷いことをぶつけてしまいそうで、それが怖くてただただ獄寺の足元を睨むように見つめた。ギシッと獄寺の座っている椅子が音を立てる。立ち上がろうとしているのだ、そう思った途端綱吉は顔をあげた。
「動かないで!」
口から出された声は綱吉が想像したよりも鋭く響いて、それに自分でも驚いて息を呑む。驚いたのは獄寺も同じようで、中途半端に腰を上げた状態で固まったように静止していた。動揺に目を泳がせる綱吉に、獄寺はギクシャクとした動きでもう一度椅子に座りなおしながら、
「10代目?」
気遣うような、そして不安なような、そんな不思議な声で作られた声に、綱吉は鼻の奥がつんと痛む。
(泣きそうだ)
ごちゃごちゃに混ぜられた心を持て余す。綱吉はそれを制御する術を今は持っていなかった。
堪えられない。せめて涙だけは流すまい、と綱吉は拳を強く握った。
「……なんでだよ」
「え?」
「なんで君はそうなの!?それはオレが負うべき傷だろ!?どうしていつもいつも、君が」
「あなたをお守りするのが、オレの役目です。それだけがオレの生きる意味です」
キッパリと放たれた言葉に綱吉は一瞬言葉を止め、すぐに顔を歪ませる。
そう言うことはわかっていた。何度も聴かされた言葉だ。けれど、そんなものはいらないのだと綱吉は心の中で叫ぶ。言葉に出してしまえば泣いてしまいそうなので、言葉の代わりに綱吉は何度も何度も首を横に振る。
その意味がわからないわけではないだろうに、獄寺はそこには触れずに困ったように笑った。
「こんなの何でもないんですよ。大丈夫です。そんなことよりも10代目が無事で本当によかった」
「何でも、ないなんて、嘘ばっかり……!」
「嘘じゃないです。オレにとっては10代目が傷つくほうが痛いんです」
そんなのは自分も同じだ、獄寺が自分のかわりに傷つくほうが自分はよっぽど痛い。なのに、何故それをわかってくれないのか、綱吉はますます泣きたい思いにかられる。涙を我慢して、深呼吸を何度か繰り返す。その間に獄寺がまた笑って言った。
「それにオレは10代目の右腕ですから」
「オレはっ……!!」
『マフィアなんかにならない』
以前ならハッキリと言えた言葉を綱吉の喉は吐き出すことを許さなかった。吐き出すはずの言葉がつまって喉の奥が酷く痛んで胸が苦しい。
(オレがマフィアになんてならなければ獄寺くんはオレをかばって怪我なんてすることはない)
(もっと自由に、自分のために生きることが出来るかもしれない)
その気持ちは本物だ。けれど、
綱吉は眸を閉じる。
その気持ちよりももっと強い気持ちがある。
マフィアとか右腕とかそんなものもううんざりだ
けれどそれを手放したらきみはいなくなるんでしょう?
たとえきみがいなくなっても、なんてそんなこと思えない
想像もしたくないんだよ
だから言えない。言えるわけがない。欲しいものはそんなものではない。右腕なんかではない。けれど、獄寺が綱吉の傍にいるのは「右腕」だと思っているからだ。自分が「ボンゴレ10代目」だからだ。
自分が煩わしいと思っているものが自分と獄寺を繋いでいる。だから捨てることは出来ない。決して。
「獄寺くん……お願いだから無理はしないで」
結局綱吉に言えた言葉はそれだけだった。その言葉に獄寺はハイと笑顔で頷いた。
同じように笑顔で返そうとした綱吉の唇はうまく笑みの形を作ることが出来ず、まるで泣いている時のように小さく震えただけだった。
たとえその先にきみがいなくとも
(20071230)
作品名:たとえその先にきみがいなくとも 作家名:柊**