戒めの残骸、君の微笑み
目を瞠る銀時に新八は一瞬その眸を伏せたが、すぐにまた銀時を見据える。どうかそんな曖昧なところのないひたむきな眸で俺を見ないでくれ、と銀時は祈るように懇願するように思う。それでも自分から視線を外すことをしようとしない矛盾した行動に銀時は気付かないままだ。
今自分はさぞかし困ったような顔をしているだろうと思いながら、新八がためらいなく向けてくる眸に言葉に怯える気持ちを誤魔化そうと銀時は興味なさそうに鼻を鳴らし、「そーですか」と適当な相槌を打って顔を横に向ける。
若さ故なのか。一切の迷いのない凛とした姿の持つ強靭さと真っ直ぐな熱は、銀時にとってはとうの昔に縁が切れたものだ。その一途さは危ういもので、いつ痛みに変わるともわからないのに。怖いと思いながら、それでも確実に惹かれてしまう自分に銀時は苦々しいと舌打ちした。
大切なのは否定しないが、と銀時は思う。小さくても強く真っ直ぐな愛しい子ども。害するものから護りたいのは本心で、新八の傷ついた姿を描くだけで何とも言えない嫌な感情が喉にはりつく。
でも迷いのない真っ直ぐな思いが、その思いが無残に折られたとき、受け入れられなかったとき傷つくのは新八だ。何処までも純粋だからこそ、それは時に自分にも跳ね返ってくる残酷で怖ろしいものだ。全てを受け止めて同じように返す自信はなく、思いを向けられるたびに矛盾を孕んでばかりの感情に激しく揺れた。
もうダメだ、と銀時は唐突に思う。
このまま先延ばしにして曖昧に時間を過ごしても、きっと。こうやって繰り返していくだけだ。
銀時は何度も自分に確認してきた決意をもう一度握り締め、顔を新八の方へ戻す。新八の黒い眸は変わらないまま、銀時を見上げている。新八の微かに震える睫毛を眺めながら、
「そういうの無理だ、新八。俺には無理。」
銀時はなるべく感情が篭らないように、冷たく拒絶の言葉を吐いた。これも本心だと思っていたのに、震えそうになるのを堪えるのが精一杯だったことに銀時は今さらながら驚きと戸惑いを感じて顔を歪めた。新八は何度かゆっくり瞬きしたあと、銀時を見上げたままにっこりと微笑った。それは銀時の想像を崩すものであり、自分の感情に未だ困惑していた銀時を一瞬で呆然とさせた。
「だから知ったこっちゃないんですって。銀さんが何て言おうと何をしようと、僕はアンタが好きなんです。この気持ちをどうにか出来るのは僕だけで、アンタには僕の気持ちを殺す力はありませんよ。」
「え、」
「そもそも僕ですらどうしようも出来ないんですよ、この気持ち。だからアンタが何してももうどうしようもないですから。恋なんて身勝手なもんですし。しょうがないって諦めるしかないですね。」
だからくだらないこと考えてないで銀さんは今まで通り好きにしてたらいいんです、僕は僕で好きにしますから、と新八が呆けた銀時に優しく綺麗な笑みを浮かべる。
本当に知ったことじゃないって感じだな、俺の意思は無視かわかってんのかお前、と小さく文句を零しながら、笑い出しそうになる自分を銀時はおさえられそうになかった。
もういい。面倒なことは考えまい。銀時は久しぶりに霧が晴れて視界がクリアになったような感覚に、今度こそ口元を緩める。
しょうがねぇなぁ、俺も。
吹っ切れた心を見渡せば、残った感情は一つだけだ。
好きにしたらいいというのなら、そうさせてもらおう。銀時は躊躇うことなく真っ直ぐに腕をのばした。
戒めの残骸、君の微笑み
(20070926)
作品名:戒めの残骸、君の微笑み 作家名:柊**