ドキンッ
みかみかはきっとシズちゃんのことが好きなんだよ!!!
と、やけに自信のある顔で言い切られて、思わず言葉を噤んでしまう。
その僕の反応を照れ隠しだと勘違いした狩沢さんが再び声を上げるまでに、門田さんが止めてくれなかったら、今頃僕は夏ごろに出る薄い本の主人公になるところだった(どういう本なのかは怖くて聞いていない)
それは緊張だと、新羅さんは言った。
静雄って暴力の権化みたいなものだから、まだ緊張するんだよ、きっと。
そんなに気になるんなら静雄と会ったときの心拍数とか筋肉の収縮とか調べようか???
と、嬉々とした顔で診察器具(というにはあまりに仰々しい機械)を取り出す新羅さんをセルティさんが影の縄で縛り上げてくれなかったら、今頃僕は体の中に変なチップでも埋め込まれるところだった(でも少し、非日常っぽくて気になってしまった)
それからセルティさんに誘われて公園までドライブに出かけて、ベンチに座って事の経緯をぽつりぽつりと口にした。
セルティさんはたまにPDAに『うん』とか『それで?』とか書いてみせて、首をふったり、僕の頭を撫でたり、首をふったり、僕の頭を撫でたりしながら話を聞いてくれた。
そうして真剣に悩んでくれて、陽が完全に傾く頃になってやっと、『私も新羅の意見が、やはり正しいんじゃないかと思う。』、と彼女なりの答えを出してくれた。
僕もそれには半分賛成だった。恐らく緊張にとても近しい何か。それを最近良く感じる。
「よぉ」
ドキン
例えば今のように、突然静雄さんに出会ったときに。
『静雄、今上がりか?早いな』
「おお、今日はスムーズに回収できたからな」
『そうか、お疲れ様』
「ん、」
「し、ずおさん、こんばんは・・・」
突然現れた長身の彼が、僕のまん前に立って影を作る。真っ赤な太陽を背負って立つ彼の表情は伺えない。声色からも、何の感情も読み取れない。それが少し、僕を不安にさせる。
「・・・帝人」
『偶然会ってな。静雄、帝人を送ってやってくれないか?』
「へ?」
『私はこれから仕事があるんだ。もう暗いし、この辺は物騒だし』
「・・・別にかまわねぇけど」
「ちょ、え、」
『良かったな、帝人(もう一度確認してみるのが手っ取り早いと思うんだが)』
「あ、えと、」
「仕事、頑張れよ」
『ああ。二人は気をつけて』
「おう」
セルティさんがバイクにまたがって仕事に向かってしまったあとも、静雄さんは完全に陽が沈むまで僕の前から動こうとしなかった。
心臓がまたドキン、と音を立てる。
「なぁ」
「・・・はい」
「セルティと、何の話してたんだ?」
それからやっと口を開いた静雄さんの言葉に、また心臓がドキンと跳ねた。
僕の手を引いて歩き出す静雄さんの背中からは何の感情も読み取れない。だから僕も何も言えない。
痺れを切らした静雄さんが僕の手首を少し強めに締め付けても、臨也には言うのか、と少し強い口調で責められても、何も言えなかった。
「帝人、」
わかってた。わからない振りをしていただけで、気付き始めていた。
明らかに僕の家の方向とは違う人通りのない路地を手を引かれて進みながら、僕はなぜ、認めようとしなかったのかと自分を責めた。認めていたら。気付いていたら。誰かに、きちんと相談していたら。そうすればもっと打つ手はあったはずだ。
「帝人、なんで何も言わねぇんだ。俺には言えない話なのか?」
セルティや狩沢や新羅には言えて、俺には言えないのか。
暗闇の中で静雄さんの眼が鈍色に光る。遂には壁に押さえつけられた肩に静雄さんの指がぎりぎりと食い込んで痛い。
相変わらず心臓はドキンドキンと強い鼓動を刻んでいる。それをときめきだと言い聞かせようとしてやめた。そんなロマンティックなものじゃない。
吐息が混じるほど近づいた唇を掠めるようにして静雄さんが僕の名前を呼ぶ。「帝人、俺は、」呼応するかのようにドキンとなったそれを、緊張だと言い聞かせようとしてやめた。そんな単純なものじゃない。
「帝人、俺は、おまえが、」
完全に吐息が重なって、幾度も重なって、溶けるかと思うくらい重なって、離れた時。好きだと小さく呟いた静雄さんの熱に浮かされた眼と視線がかち合って、ふるりと背筋に何かが走った。
肩に食い込んだ指が僕の頬をなぞる。もう一方の手が腰に回って、首筋に静雄さんの顔が埋まった。チリっとした痛みは、静雄さんの背後に見える彼のマンションは、僕に確信を持って『それ』の正体を伝える。
「・・・欲しい、帝人」
食いたい、帝人。
これは恋だと、静雄さんが言った。逃げようと身を捩った僕が、これは悪寒だと本能で答える。
食べられてしまう。僕がなくなってしまう。静雄さんの中に全て吸収されて、静雄さんの僕になって、僕だけの僕はいなくなってしまう。それが怖い。今までの僕は、その予感に震えていたんだ。
気付いたところでもう遅かった。力の抜けた僕を抱え上げてマンションへ入った静雄さんが、ベッドの上で優しく吼える。
どろどろに溶かされた僕が静雄さんの中に否応なく吸収される直前に、シーツの波に溺れそうになった僕を静雄さんが逆らえない力で引っ張り上げる。そう、もう、逆らえない。僕だけの僕は今日、この世界から消える。
やがて静雄さんの僕が彼の胸の中で眼を覚ました。知らない世界が怖くて背筋を震わせると、僕の静雄さんが、これが恋だと、優しく吼えた。