匿名企画室[小説コミュニティ]
果てが無い河
匿川 名} 匿川 名 |
行き当たりばったり企画をまた懲りずに始めてしまいます。 自由参加型・連載小説です。 題はトピックタイトルの通りです。 ピンク・フロイドのラストアルバムからそのまんま頂戴しました。 なので最初に直訳で『果ての無い河』と書いたのですが、少しだけ変えました。 たかが一文字、でもその一文字は『バタフライ・エフェクト』を呼ぶかも知れないな、と希望しつつです。 参加される方は何を書かれても構いません。 詩でも、小説でも、雑談でも。 この際レーザー・ポインターの広告でもオッケーです。 ここに続けて投稿して下さればそれで大丈夫です。 頼りないですが、あなたが書かれた事に、受けて立ちましょう。 ただひとつ了解頂きたいのは、ある程度溜まったらここに『投稿』しようと思っている事についてです。 でもそれはただ単に連載が続けば新しいものがどんどん前に重なっていくので読みにくいだろうなと言う思いからです。 あなたの著作権を侵害する気はありません。 その点だけご容赦、ご了承願えれば後は何を書いてもフリーです。 アートはフリーであるべきだと思うので、本当に割と無問題です。 ・・・我々が所属する国の法に触れさえしなければ、ですけれど。 さて、最初の一文字すら考えていませんが、いつものことです。 では書き始めますね。 どうなるのかなあ。 |
2017-10-05 22:15:43 |
コメント (9)
匿川 名 2023-04-23 21:29
――何か尋ねなければならない。
私はそう思ったのだけれど、言葉が形を結ばない。
何しろあまりに唐突で、意味がわからず、この『新しい現実』が――受け入れるには果てしなくとりとめがない。
薄く口を開けてはまた閉じることを繰り返していると、老人は何かに気がついたかのように目を丸くして、それから一度ゆっくりと、でも力強くうなずいた。
「言葉が喋れないならそれでもいい。理由は聞くまい。だが、よければ私についておいで。でないと此処で野垂れ死ぬしかない。
今夜はもうお休み。明日、砂に文字を書いて話をしよう。」
老人はそう言うと、私に背を向けてごろりと横になった。
匿川 名 2023-04-23 21:28
小さく爆ぜる音がする。
節、それはきっと、木の節が焼ける音。
風が運んだ砂粒が私の頬を撫でる。
ざらりとしたその感覚で、ふと目が覚めた。
橙の明かりが揺らめいて私の瞳に飛び込んできた。
腕を支えに体を起こす。
「起きなすったかね」
ふと闇の中から声がした。振り向くと、闇の中に男が腰掛けていた。
男というか、声の感じはもっと老け込んでいる。
老人のそれといった感じだろうか。
よれよれの汚れた毛布のようなものを頭から被り、体を覆っている。
何気なく目を向ければ、私の体もその包布で覆われていた。
老人の声音は優しげで、穏やかだった。
私はその声音に思いを馳せる。
揺らめく現実感の中で、私はぶるりと身を震わせた。
「服装から、外つ国の方とお見受けした。だがそれにしても此処を渡るには軽装が過ぎる。馬もなければ荷すらない。追い剥ぎにでも遭われたか?」
老人はそう尋ねてきた。
その声音が、思いやりが、あまりに自然だったので、
私は、
唐突にこれが、
『夢ではない』と、完全に理解した。
匿川 名 2018-06-13 22:33
『明晰夢』という言葉を聞いたことがある。
夢の中で、「ああ、これは夢だ」と自覚できる夢のことだったと思う。
『そういうものなのかな』と一瞬思ったが、同時に『違う』と心が囁いた。
何が違うんだろうと思ったとき、風が肌を撫でるのを感じた。
乾いた、水気の全くない、ひりつくような風だ。
それでああ、と私は気がついた。
明晰夢を今まで見たことがないわけじゃない。
でも、これは確かに違う。
肌の感覚がある。
私の肌の感覚が、ある。
夢は所詮夢なので、今まで肌の感覚だけは再現できなかった。
『こころ』の対極にあるのが『肌の感覚』なのだと私は唐突に理解した。
それは『深く内側で思うこと』と、『直接外界に触れるモノ』の対比だ。
砂漠の風はひゅうひゅうと、強く、弱く、だけど絶えなく私の肌をなで続けた。
でも、だとすると、
そう思う私の耳に、ふと遠い調べが響いた。
風の向こうから、鈴の音が聞こえる。
ちりんちりんと細く小さく、しかしはっきりとそれは鈴の音であると分かるだけの、小さな金の響きをしていた。
それに乗せてしわがれた男の歌声が聞こえる。
その声の響きは、不思議だった。
不思議としか言い様がなかった。
私は日本で生まれて日本で育った。
英語の成績だって人並みでそれを過ぎない。
なのに、この響きは明らかに私が聞いてきたあらゆる言葉のそれとは違う。
なのに、なのになぜ、
『・・・征くなら歩め、
歩まば進め、
進まば征けよ、
征け征けよ』
単調に韻を踏む、
この言葉が伝えたいことを私はなぜ、理解しているのか?
何 なの、これは。
ふと目の前の視界がぐにゃりとひしゃげた。
吐き気を覚えて私は口元を押さえた。
だけど、うへえと出たものは荒い吐息だけだった。
しかし、その吐息に合わせて、
紡がれていた単調な言葉は不意に、途切れて消えた。
匿川 名 2018-06-08 22:19
一瞬の戸惑いのあとで、私は息を飲んだ。
本当にそれはカメラのフラッシュのような一瞬。
私が瞬きをして目を開いた時ことだった。
目の前に広がったのは、私が思う水面ではなく、絹のようなたおやかさを持った、白と肌色の溶けた小麦色の斜面だった。
――何なの、これは。
私はもう一度、いや、二度、三度と目をしばたたかせる。
しかし目の前の風景は変わらない。
いや、それどころか、だ。
私は膝を折り腰を下ろしている。
その斜面の一角に、だ。
たった今まで自分が座っていたはずのくたびれた古い電車のシートは跡形もなく姿を消している。
いや、それも違う。
シートどころかすべてがない。
すべてとは「すべて」だ。
電車もレールも川も橋も、風景としての町並みも、何もかもが消失していた。
私は着の身着のままで、
何もない砂漠、
あるいは、砂丘のただ中にひとりきりになっていた。
匿川 名 2018-06-03 22:56
大地は俺を縛ろうとするが、逃れようともがくのは、俺の大地に対する翻った愛だ。
地平線を目指すとき、天地が反って空に爪先を向けるとき、プロペラの轟音が旋回のタイミングで鼓膜に突き刺さるとき、俺は生を実感し、愛を確かめる。
俺を引きつけようとするのは、つまるところ俺を離したくないからなんだろう?
そう、つまりは片時も。
グラスを傾けてぬるい麦酒をもう一口あおる。
緩い酒を飲むのは痺れるような酔いが欲しいわけじゃないからだ。
アルコールは気分を静めてくれる。
全ては精神の遠望と肉体のリラックスのためだ。
酔い潰れるようなことは出来ないし、したくもない。
そんなことになったなら、俺は空へ繋ぐ桿を失ってしまう。
飛べない鳥は死ぬべきだ。
俺はそして、いつだって自分が鳥であるという自覚を失わない。
16の時以来ずっとだ。
毎日の愛機の手入れは欠かしたことが無い。
飛ぶことしか能が無い俺は、必然この仕事を選ぶこととなった。
運ぶこと、奪うこと、狙うこと。
大地の愛は俺を縛り求めるが、空の愛はいつだって俺をふらり果てのない青へと向かわせる。
大地。
生まれたのがそこなら還るのもそこだ。
でも求める鮮やかさは、ひとときの浮気のようなものなのかも知れない。
もしかしたら、気づきの時まで『向かい』に応えられないのが愛なのかもな。
ああ、と口元に微笑みが浮かぶのが堪えられない。
俺は束の間神にーーーいや、悪魔に感謝した。
この世界に、
『空賊』という仕事がある世界に俺を立たせてくれたことに、と。
匿川 名 2017-10-08 22:14
攻める事なく国が得られるのは、この世界では『僥倖』というのだろう。
自国の民を疲弊させる事なく、国土を広げ、国力を上げる。
国同士の、王家の結婚といえば、通常は対等かそれに準じる関係とあるべきだ。
しかし私の場合は例外だと言える。
私は、買われるのだ。
国と国とを、
妻を夫と、
併せるのでは無く、
私は、
私の国は剣無く略奪されるのだ。
彼の国には水がある。
溢れ、滴る水がある。
失われた水を求め、そこに在る水のために。
美しく、時に陽を照り返し煌めくあの緩やかでたおやかな水面が、今は懐かしく、ただ恨めしい。
王は疲れた顔をしていた。
今まで私は王があのような貌をする事があるのだと言う事を知らずに生きてきた。
むしろ、夢に思いもしなかったと言っていい。
威厳は去り、覇気は無く、肩を落とし窓から国土を眺めおろす仕草に私は目を疑った。
そこに居たのは見知らぬ老人に見えた。
似つかわしくないほど豪奢な深い緋色のケープを纏ってはいるものの、その中で背を丸めているのは咳を堪える肺病の老人にしか見えなかった。
驚く私が立ち尽くしていると、老人はこちらに気がついたのかゆるゆると振り向いた。
そこに在ったのは長く見知った顔に間違いは無かった。
しかし、口元を歪め笑おうとする表情は、けして勝れず、私の中に在る王の姿とまるで鏡の魔法のように乖離した。
匿川 名 2017-10-05 23:07
――水が絶えてしまった。
だからこそ、私の命運は決まったのであり、民を救うためにはこれしか途は無いのだ。
幾度となく呪文、あるいは呪詛のように繰り返されるのは、多少文言は異なれどほぼ同じ筋書きの『能書き』で、見えない鎖のように私を縛り付ける。
「端的に言おう。――情けない話だが、もう、金が無いのだよ我が国には」
父は、王は私にそう告げた。
今となっては貧しいばかりの私の祖国。
ここまで貧したのはあの大地震が発端だった。
それまでは美しい湖の国としてここは繁栄を続けてきた。
しかし、あの震災がすべてを変えた。
森の中の一角で、その湖の海へと続く端が、決壊したのだ。
誰もが想像もしなかったに違いないのだが、その湖は一夜にして姿を消した。
まるで風呂の底が抜けたかのように、あらゆる全ての水が蕩々とあふれ出し、そこから『なくなった』。
まるで『魔法のよう』としか言い様がないのだが、それでも目の前にぶっきらぼうに投げ出された光景は限りなく事実で、真実で、絶望で、やり場のない怒りで、きりの無い悲しみで、やはり――それまで湖の水に頼り生きてきた私たちには――『魔法』でしかなかった。
この国で、『水を買う日』が来るなんて誰が想像しただろう?
日々に要る水の量は尋常ではないし、節制だけでやりくりが出来るわけでもない。
井戸を掘るにも時間と知恵と労力が必要で、力と時の見通しに絶対とか、確実性もない。
豊かであった私の国の財政は、こうしてあっという間に枯渇した。
まるでこの湖の水のように、一夜のうちにとはいわないが、それが『干上がる』のにそれほどの時間を要する事はなかった。
匿川 名 2017-09-27 00:05
あくびが出そうになったので、かみ殺す事もせず、盛大に大口を開けた。
何しろ田舎の一両電車には私ひとりしかお客はいない。
まるで気にする誰かもいない。
―――もうすぐだ。
うねうねと岩肌にうねるパンタグラフの影を見つめながら私は思った。
何がもうすぐなのかって?
それは、
ガタンという音とともに、電車が鉄橋にさしかかった。
それまで目の前にあったパンタグラフの影が瞬間、消えてしまう。
変わって目の前に広がったのはキラキラと光る水面の姿だった。
陽の光は粒となり、水に跳ね返り、私の目に届く。
思わず私は目を細める。
それはきっと束の間。
電車はきっと今日もこのまま、鉄橋を渡り終わったなら、また岩肌の側を渡り、うねる菱形をこの目に映す。
―――でも、もし、
この河に『果て』が無くなれば。
夢想し私は水面の果てを目で追う。
そこには、
匿川 名 2017-09-27 00:04
電車の窓から影を見ていた。
パンタグラフと言っただろうか?
電車の屋根に取り付けられて、電流を取り込むあの菱形の針金のような、あれだ。
夏の日差しは傾き始め、山間の中からパンタグラフの姿を削り取られた岩肌に黒く映し、うねうねと歪ませては戻り、また歪ませる。
私が見ていたのは他愛のないそんな姿だったのだが、頼りなく歪んでは戻るその影の姿につい、自分の今を重ね合わせていた。
16歳、高校生、女子。
美人でもなければ特段可愛くもない。
お洒落に興味はあっても控え目な性格が災いして、着飾る事には抵抗がある。
なので目立ちたくは無いが、やはり年代の真ん中よりは少しだけ可愛いと思われたい。
それが私。
でも、学生の本分として一番は勉強だ。
なので私は今日も塾へと通う。
電車に乗り、田舎町の隣駅へとその身を移す。
嘘だ。
嘘だ、そんなのはやはり嘘だ。
そんな『本分』は私が両親に感じる義理に過ぎない。
未来をより良くするためには勉強が一番足がかりになるという事は分かっている。
でも『分かっている』という事と、『求めている』という事と、『求められている』と感じる事には、およそ水と油よりも確たる乖離がそこにある。
未来に対する選択肢を少しでも多くするためには、お勉強が欠かせないという事は『分かっている』。
でも私が『求めている』事は、『真ん中よりも上に自分を社会的に置くこと』で、でも両親から『求められている』ことは、『学校ヒエラルキーの中で私を限りなく上の位置に置くこと』なのだから。