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闘神は水影をたどる<完>

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6.囚われの身




 アルはそっと息を潜めて、全身で自分のおかれた状況を把握しようとしていた。
 市場で馬売りと話すフェリドの背中を見守っていると、後ろから声が掛かった。いま思えば、不自然に周囲に聞かせようとする響きのある声だった。
「こんなところにいたのか。具合が悪いのに駄目じゃないか」
 アルはそれを自分にかけられたものだとは思っていなかった。肩を叩かれて振り返った瞬間、下腹に重い一撃を食らってその相手の胸に倒れ込んだ。だから言ったのに、大丈夫かとか言われたことをおぼろげに覚えている。
 目覚めると、息苦しさと変わらない視界のなさに恐慌を起こしかけた。固い壁を蹴りつけ、もう一度恐る恐る足を伸ばすとすぐに壁に辿り着いた。狭いなにかのなかでアルは赤ん坊のように丸まっていた。
 がたがたと揺れている。頭には麻袋が被され、口には猿ぐつわ、手足は縄で縛られている。しばらくのあいだ手を抜こうと試みてみたが、堅く締められたそれはアルの力ではびくともしなかった。
 深呼吸をして、外の様子に耳をすます。
 一定の調子で回っていた車輪の音が止まった。
 肥やしの匂い、馬の鼻息、豚の鳴き声。ひとの話し声。それは豚が馬車の進路をふさいでしまって申し訳ないというようなことをいっていた。
 アルは渾身の力で壁を蹴って暴れた。叫び声はくぐもった音にしかならないが、関心を引くには充分の筈だ。突然視界が明るくなり、アルははっと顔を上げた。しかし差し伸べられたのは救いの手ではなく、氷のように冷たい刃だった。麻袋越しに頬に擦りつけられて押し黙る。のどかな豚の鳴き声を聞きながら、喧騒が遠のいていくのをじりじりと見送った。やがて刃は引っ込められ、もとのように蓋が閉められた。それはこの先にひとと関わり合う機会がないことを意味し、死の宣告のようにアルに響いた。
 アルを乗せた馬車は街道を大きく逸れた森の中で停まった。むろんアルにそれを確認することはできないが、馬車の揺れかたから舗装されていない道にはいったこと、車輪の下で押し潰される濃い緑の匂いから森に停まったことは理解できた。
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ