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闘神は水影をたどる<完>

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 幌のなかに座らされ、麻袋を取られた。深呼吸して睨みつける。
 アルを拉致した男たちは、揃って顔の下半分を布で覆い隠していた。特に共通する装飾などは見当たらず、ただ容貌をわからなくさせるためのものだと思われる。浅黒い肌の、徹底してどこにでもいるような服装の男が六人、肌から浮き出すような青い目でアルを見ていた。
「囚われのお姫様というやつです。しばらくご辛抱を」
 ひとりの男が前に進み出て悪びれず言った。
 アルは縛られた手を顔の前に上げ、猿ぐつわを外すように身振り手振りで示した。
「大声を出されても誰かに聞きとがめられる心配はない。外してやれ」
 さきほどの男が顎をしゃくり、別の男がアルの口を解放した。話をするこの男が頭のようだった。ついでというように、腰から連結式三節棍が取り去られた。
「おまえたちは何者だ。私を誰か知っての狼藉か」
 アルは瞳に強い怒りを宿して詰問した。言いながら革手袋の右手をきつく握り締める。機会はここしかない。
「知らずとも事は運ぶ。すこしのあいだだ。辛抱されよ」
 短く詠唱し、アルは縛られた両手を振りかぶった。
 赤い光が一閃し、男の胸の前で小さな炎が爆発した。
 突然燃え上がり仲間を焼く炎に男たちは一瞬狼狽えたが、ひとりが水を封じた紋章札を取り出して相殺し、ひとりがアルの口に再びくつわを締めた。一瞬で事は済んだ。アルは強く突かれて床に転がると、男たちをもう一度睨みつけた。内心、気づかれはしなかったかとひやひやしていた。
 アルの革手袋を取り、宿されたのが右手の火の紋章だけだと確認した男たちは、ひとりを残し全員が幌を降りた。アルは体勢を整えるふりをして幌の外側へ這い寄ると、さりげなく隙間から外を見上げた。
 頭上の樹木の先端に、アルが飛ばした赤い炎の玉が浮かんでいた。夕立の近い薄暗くなった空には、遠くから見ても映えるだろう。 男へ放った炎はこれに気づかれないための誤魔化し、周囲ではなく、アル自身に関心を引きつけるための派手な立ち振る舞いだった。
 アルはそっと息を潜めて、全身で自分のおかれた状況を把握しようとした。
 アルの素性を知れば妙な色気を出したくなる不当な輩もいるだろうが、異国の地で大事になれば国際問題に発展しかねない。そのための、目立たぬための手配は整えられた忍び旅だった。乗船許可証もお付きの者の名でとってあり、アルはそのこどもという扱いになっている。アルの身なりの良さを嗅ぎ取ったただの金品目的かと思えば、このまわりくどさではそうでもないらしい。
 しかし。
 と、ふとアルの頭を違和感がよぎる。
 あの男の言い様はまるで、すぐに助けが来るから待てというような。
 アルは首を振って、自分ひとりでもこの状況を打開する方法を必死に考え始めた。詠唱無しの魔法の継続とて長くは続かない。それまでに誰かが炎の玉に気づいて不審に思えばいいが、あと一刻もすれば消えてしまうだろう。賭け事にも似た可能性だった。
 低い雷鳴が轟き、連日に及ぶ夕立が幌馬車を打ち始めた。


作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ