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闘神は水影をたどる<完>

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12.必ず行く


 

 かあん、かあんと黒金が打ち叩かれる。固唾を呑んでいた群衆から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。それらは大空に吸い込まれ、その国に相応しい真っ白な太陽が黄金の光輪を返した。
 巨大なすり鉢状の壁を埋め尽くす人々の視線のさきで、ふたりの男が武器を提げて佇んでいた。
 大人の歩幅にして数十歩以上ある砂地は、いわば舞台だった。
 舞台へ向けられる歓声は、よく聞くと、ひとりの名前しか挙がっていないことがわかる。そのひとりが大矛を頭上で豪快に振り回し、ぴたりと相手に向けて構えると、群衆は熱狂した。矛先を向けられたほうは、腰を低く下げるに止めた。剣を抜くこともしない。
 怖気立つような気迫とともに大矛が突き出された。
 哀れな若者が串刺しに。誰もが目を覆いかけたまさにその瞬間、勝負は着いていた。
 大矛使いが面に驚愕を浮かべて目を瞬かせた。青年がいつの間にか腰から鉄鞘を外し、その側面で大矛を腹の横に受け流したのだ。ぐっと脇で矛を差し挟み、押しても引いても微動だにしない。枝を勢いよく蹴り上げられ、大矛使いは思わず得物を手放した。ぐんとしなった自らの矛の柄を喉に真横から叩きつけられ、大矛使いは昏倒した。
 群衆は一瞬のうちに静まりかえった。
 青年が大矛を片手で回転させ、砂地に深々と突き下ろした。
「勝敗は?」
 間近で事を見ていて尚あまりのことに理解が及ばなかったのか、硬直している審判に向かって青年が首を傾げた。自らの剣も使わずに、その身長を上回る尋常でない長さの大矛を軽々と扱ったあとにしては随分と暢気な、飄々とさえした様子である。審判ははっと自分の責務を思い出し、青年に向けて高々と片手を掲げ、呼ばわった。
 その瞬間にはじめて群衆は、まったく予想外に優勝候補を打ち破った無銘の青年の名を知った。
 青年はさきほどの大矛使いを上回る歓声を一身に浴び、しかしまったく意に介した様子もなく空を見上げた。太陽を象る彫刻の為された、正面の玉座を見据えた。黒い揃いの着物に身を包んだこの国が誇る精鋭たち、女王騎士を後ろに控えさせた王族が、青年の見事な躍進を見つめていた。そのなかのひとりが立ち上がる。隣に座る黄金の冠をきらめかせた老女が窘めるように彼女を見た。構わず、彼女はせり出した玉座の柵から身を乗り出した。青年がなにごとか口を開いた。群衆の熱気凄まじく、最も近くにいた審判にすらかすかに聞こえたのみだった。晴れ晴れと微笑み、青年は闘技場のなかへ姿を消した。
 審判は両手を大きく広げ、興奮冷めやらぬ人々の注意を引いた。なんとか静まる。声高に伝えた。勝利した青年のさらなる完全勝利宣言である。
 不敵にも太陽を前にこう謳った。
 必ず行くと。
 群衆は静まり、次いで大波の到来にも似た歓声を爆発させ、或いはあまりの不遜な態度に抗議を訴えた。しかし今回の闘神祭にこの程度ではすまない波乱が起こることを、夜明け前の太陽を待つように誰もが必然と感じた。
 玉座の女王はほほと笑い、口元を隠した。
「身を知らぬ不遜だの。しかしあの闘神、やりよるかも知れぬわ。のう、アルシュタート」
 王女は彼女の真似をして柵から身を乗り出した妹姫をなだめ、自らも席に着いた。
 細い首がかすかに揺れる。銀糸の髪がさらさらと太陽を散らした。胸を伝わった震えが全身を駆け巡り、どうしようもなく掻き乱されている。両手で肩をきつく抱えた。熱い喉からいまにも飛び出そうとする青年の名を、どれだけの力を込めれば抑えられるというのか。
 王女は空を振り仰いだ。
 瞼があたたかく燃える。
 紺碧の海のような青に感謝した。
 彼を流れ運んだ水に、彼の背を太陽の下に押した風に感謝した。
 歓声の響く空は一片の曇りなく晴れ渡る。たしかに、あの日のオベルの海に続いていた。
 
 


了 
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ