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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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universe05 月夜に交差する想い


 月が輝いていた。今日は、刃のように鋭い三日月だった。
「ボク、肉体労働は好きじゃないんだけどなぁ」
 小声で毒づいて、オルハはゴーグルをかけた。
 そんな彼女の目には、オウトクシティにあるグラール教団の総本山である星空殿が見えていた。星空殿は大きなニューデイズ様式の建物で横に広い屋敷であり、オウトク山にある昇空殿と対になっている。
 その窓から漏れる明かりの中を行き来する人たちが、ゴーグルを通してよく見える。ゴーグルはガーディアンズの基本装備のひとつで、オペラグラスのように遠くの映像を見ることができる。
「よしよし、にひひ♪」
 オルハはいたずらっ子のように笑う。上空の風が、腰ぐらいまでの長いプラチナブロンドを二本に分けた三つ編みを、大きく揺らした。
 彼女は今、地上50メートルの高さはある大木の枝の上に立っていた。ここニューデイズはむしろ海が多い星ではあるが、植物も非常に多い。特に、グラール教団がホーリーシンボルと崇めるオウトク山が属する山脈は森が深く、樹海も多数存在している。
「そりゃ、いってこーい!!」
 木々の枝に隠れながら、オルハはベルトポーチから小さな虫のようなものを取り出した。投げつけると蛇行しながら、あたかも本当の虫のように飛び、建物の近くにぱらぱらとたどり着く。
 おもむろにオルハはゴーグルの横にあるツマミをひねる。ゴーグルは遠くの映像を見れるだけでなく、この虫型小型集音機を介して音声も拾う事ができるようになっていた。
「これで、建物全域はほぼカバーしたかな?」
 携帯用端末のディスプレイに入力された間取り図を見ながら、東側の壁を軽く指で叩き、赤いマルをつけた。
「下準備は完了、と。さーて帰ろ帰ろ」
 リストバンドから、かろうじて視認できるほどに細いワイヤを取り出し、枝に絡みつけておもむろに飛び降りる。
 わずかな月明かりが彼女を照らした。少し目尻の下がった大きな瞳に起伏の大きくない顔立ちで、可愛くはあるがやや華やかさに欠けるように思える。身長も低く、肉感の無いボディラインのせいもあって、19歳というには若すぎる印象を感じさせていた。そのシルエットは女性にしてはやや貧弱で、髪が短ければ少年に見えるかもしれない。黒い長袖のジャケットにベルトポーチを巻き、ショートパンツに足首を保護するシューズと、偵察活動に適した格好が、なお彼女の性をぼかしていた。
 オルハは音もなく地面に降り立ち、建物を背にして歩き出す。森に少し入った所にテントを用意してあるのだ。何せ今回の任務は極秘なので、街に入るわけにはいかない。そんなわけで、野営生活もすでに三日目に突入していた。
 基本は脳天気でマイペースなオルハも、今回はかなり慎重にならざるを得なかった。何せガーディアンズに属する人間が、グラール教団を調べているのだ。何かあれば政治的問題に発展するのは目に見えている。
「今日は何食べよかな〜♪」
 ……そんな緊張を跳ね返そうとしているのか、それとも本来の性格がそうさせるのか。
 とにかく枝の切れ端で雑草をぺしぺしと叩きながら、オルハは歩く。これだけ離れれば、気を緩めても問題ない。
 目の前には深い雑草が生い茂る。ここからはオルハの身の丈以上もある草が増えてきており、普通の人が気軽に足を踏み入れるような場所ではない。もちろん、これも計算した上でテントは設置してある。草をかき分ければ獣道に出て、その奥にテントがある場所へ辿り着く……はずだった。
「よいしょ」
「ん?」
「!?」
 草を両手でかき分けた瞬間、三人の人影とばったり出くわす。
「……」
「……」
 空気が凍った。 
「な、何者でゅあ!」
 棍を構えながら声を発したのは向こうの男だったが、動揺しており言葉を噛んだ。向こうはニューマン女性一人とグラール教団の法衣を着た男性と女性だった。ニューマン女性は裾にフリルをあしらったパルム製の上着を着ていた。どうやら教団の夜の見回りの時間であろう事は、容易に想像がついた。
 オルハは自分の軽率さを呪った。僧兵たちの巡回スケジュールは当然頭に入っている。が、今日で偵察の下準備は全て完了したのに浮かれて、予定時間より早く終了していたのを失念していたのだ。
(まずい……どう言い訳しよう。ボク、こういうの苦手なんだよなぁ……)
「あれ? オルハ?」
 予想外の方向から、助け舟が来た。彼女にとっては宇宙から飛んで来たと思えるほど、嬉しい事だったに違いない。弾かれたように頭をもたげ、声の主を見た。
 それは、僧兵たちと一緒にいた女性ニューマンからだった。
「……イチコ?」
「うん、そーだよー。久しぶり!」
「あれれ? なんでイチコがここに!?」
 嬉しさのあまり、二人は思わず手を取り合い、ぴょんぴょんと跳ねる。
「二カ月ぶり? 最近同じミッションにつかないと思ってたら、夏休みだって?」
「うん。ボクだってたまには休みたいよ。イチコは? 教団の手伝い?」
「そうそう。警護の手伝いー」
 言ってイチコが微笑んだ。肩口までの黒い髪が揺れる。
 僧兵たちは困惑した。流れが見えないが、二人ともガーディアンなのはかろうじて分かる。
「……その、イチゴ殿」
「イチゴじゃないよ、イチコだよっ!」
 彼女はニューデイズでもはるか東の方の生まれであり、少し文化が違うためか名前も発音が難しいようだ。
「失礼、イチコ殿。……ところで、その方はガーディアンのお仲間ですか?」
「そうそう。私と同期の、オルハ。オルハ=ゴーヴァ」
 イチコは笑顔でオルハを紹介した。
「ほう……それはご苦労様です。……で、こんな時間にこんな所で何を?」
 戸惑いながら僧兵が聞く。至って当然の質問だが、今のオルハにとっては最も触れられたくない話題だ。
「ほら、あれだよ」
 そこまで言ってから、言葉に詰まる。額に変な汗がにじんでいるのがよく分かる。たっぷり5秒ほどかかって、オルハは指を天に向けて叫んだ。
「な、夏休みの自由研究!」
「……?」
「……?」
「おお〜!」
 僧兵の二人は明らかに理解できなかったようだが、イチコは両手をぱちんと叩いて称賛する。
「すごいねー、休みなのに勉強熱心。だからこんな所にいるんだね」
「そ、そうだよ。アハハ」
 オルハも言われるままに同意し、二人の高い笑い声が響く。僧兵たちはぽかんとしたままだ。
「あ、そうだ。そういえば、『カマイタチ』って知ってる?」
 おもむろに思いだしたように、イチコが言う。
「あ、うん。この辺で最近起きてる事件で、何もないのにイキナリ血を流したりキャストの腕が切り落とされたりするんでしょ?」
「そう、それそれ。オルハも気をつけないと」
「うん、そうだね。ありがとう」
「あ、あの、イチコ殿。楽しい時間を邪魔して悪いのですが、そろそろ……」
 どこまでも続きそうな機関銃のようなやりとりに、僧兵が恐る恐る口を挟んだ。
「あ、ごめん。じゃ、またねオルハ」
「うん。あ、あのね」
「?」
 軽く息を吸ってから顔を近づけて、唇に人差し指を当てながらオルハは続けた。
「ボクとここで会ったのはナイショね?」
「うんうん、頑張ってるの、ナイショにした方がカッコイイもんね。じゃ、またねー」