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みとなんこ@紺
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それは優しいだけのうた

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「どうして人になりたがる者がいるんだろう。そんな事を思った事があったよ」

僕らには終わりがない。
ずっと永久にこのままの姿で生きられる。
それで良いんだと、ずっと思ってきたんだけど。

風に乗る声は穏やかで、いつでも平坦な響きだを紡ぐ。
そう言えばこいつは最初からこんな調子だった。
過去を思い出す事を止めたその時すら、今は懐かしく思い返す。

獏良は時計塔の屋根にちょん、と座り込み、僅かに首を傾げて続けた。
「――――人になる方法は、僕らに残された最後の扉だと思うんだ」
何処にも行けない筈の僕らの、最初で最後の一歩だよ。

きっとちゃんと踏み出せる道があることに気付いた者だけがその扉をくぐる事が出来る。

遊戯は、無意識に前へ進む事を望んでいた。
平坦な変わらぬ毎日よりも、合わせ鏡のように想いを映し出す事よりも、自分自身の足と意志で自分自身の道を拓く事を望んだ。
結果は、彼の望みとは今は少しだけ違ったのかもしれないけど。

そしてもう一人の遊戯は。

「…扉が何処にあるのか、もうずっと昔から知っていたくせに、ずっと見ないふりをしていたんだね」
穏やかな口調の中に確信を混ぜて、獏良は言った。
彼も答えはしなかった。
「・・・もういいと、思うよ」
「・・・・・・。」
彼は、振り返って僅かに微笑を浮かべた。
その笑みにつられるように笑みを返すと、君という番人がいなくても、もう僕らは大丈夫だよ。と、獏良は淡々と言葉を綴った。

想いの固まるこそ彼処から、新しい同族がきっとまた現れる。
あの学者のように、人の歴史の繰り返しの中に埋もれそうになる言葉を、想いの欠片を拾い上げて守ってくれる者たちが、これからも必ず現れる。
・・・だから、もうこれ以上、たった一人で見守ってくれなくても大丈夫だから。
もう、そろそろ扉を開いてもいい、時間じゃないかな。
「――――行くんだよね?」

「・・・ああ」






自分はただ、変化を恐れていただけなんだろうと思う。

慣れきってしまった、完成されたこの世界が、“今”が変わるのを。
ただ、お前が行ったあの瞬間。
お前が先へ進むための一歩を踏み出せた事を祝福しようと諦めて笑う自分と、何故手を離してしまったのか責める自分の2人が同時にここにあることに気付いた。
完全な断絶。
人の世界に降りたお前は、ゆっくりと年を取り、やがて死ぬ。
そこに訪れるのは、永遠の断絶だ。
はじめて、時が流れない事を、怖いと思った。
お前と二度と話せない事も、呼べない事も、何もかも。

すまない、とうまく伝える事が出来るだろうか。
触れた所から伝えられた想いに、今度こそ答えを返すために。
…もう一度、手を伸ばしても良いだろうか。

一緒に、『生きる』事を望んでも、良いだろうか。











「お前たちはどうする?」
「ん〜〜〜〜・・・。僕はもうしばらくいいかな。あいつもしばらく動きそうにないし。・・・たぶん、気に入っているんだ、この仕事」
「そうか、そりゃ残念だな」
軽く言って、とん、と風見鶏の上に彼は立った。

最後に、天使であった相棒の見た景色。
色のない、空。白と黒の、濃淡だけで構成される、世界の果てのこの景色を。
意識に刻みつけるように、見つめる。


「もし・・・」
そっと、獏良が呟く声が聞こえた。
「君たちがいる間に僕らにも『降りる』事があったら、たぶん、会いに行くよ」




彼は振り返らないまま、背を伸ばして軽く両手を広げた。


「――――茶の用意でもして待っててやるさ。…2人で」



応えて、躊躇わずに虚空へとその身を投げ出した。









幾多の天使たちが通り過ぎていくのを見守り、人の世界と果ての世界を彷徨い続けた王は、この日を境に姿を消した。
ただ一つ、鮮やかな笑みを残して。













『自由に飛べる翼がなくても、もう構わないだろう?』

行こう。――――どこまでも、きっと2人で。








END.