それは優しいだけのうた
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本当はずっと呼ばれていた事を知ってる。
けれど、それに答えなかったのは自分だ。
「・・・っ・・・うっく」
泣いている。
もう一人の自分だった、者が。
誰にも見つからないように、誰もいない時だけ、部屋の隅で小さく身を縮めて、声を殺して泣いている。
天使であった頃には知らなかったその痛みに、心が耐えられずにたった一人で涙を流す。
…悲しい泣き方だ。
寄り添えば、少し、その悲しみを受け取れるのに。
抱き締めてやれば、その痛みを和らげてやる事が出来るのに。
――――手を伸ばすことは出来なかった。
今まで何人もの仲間が人の世界に降りていくのを見送ってきた。
最初は感覚のある世界にとまどい、人との関わり方に迷いながらも、いつか誰もが果ての世界を記憶に仕舞い、前を向いて歩み出す様を幾度となく見てきた。
けれど今回はそれを見送る事が出来なかった。
答えは簡単だ。
触れる事で、心の中の声までも自分たちは聞いてしまう。
遊戯の中の自分の記憶が、薄れていく様を見たくなかったからだ。
・・・変わっていく彼を、見たくなかったからだ。
けれど。
回数は減りこそすれ、彼の呼ぶ声が途切れる事はない。
同じ強さで、自分を呼ぶ。
呼び続けるのだ。今も変わらず。
これ以上、聞かない振りをすることは、もう出来なかった。
そっと肩に手を乗せる。
それだけで流れ込んでくる、溢れんばかりの感情の渦にそっと意識を寄せた。
強い、強い光。
白く、意識を焼いてしまいそうなほど強い光だ。
これが、相棒の魂の光。
・・・ただ、今は悲しみの色に染められているんだろう。
それを見ていられなくて、そうっと痛みを引き寄せようとして
――――・・・・い・・よ…ッ…
聞こえてきた叫びに、息をつめた。
目覚めた最初のあの時から、君の目の色、何色なんだろうって。
ずっと、確かめたいって、ただ、
それだけだったのに。
途切れ途切れに小さな嗚咽は続いている。
どのくらいそうしていたのかは判らない。だけど。
ゆっくりと、座り込む相棒の隣に膝立ちになって
痛みだけをたぐり寄せようとしていた手を肩に滑らせて、背中からきつく抱え込むように、腕を回した。
…泣かないで。
僅かに腕の中の身体が身じろぐ。
ただ涙を零していた瞳が、ゆっくりと大きく見開かれていく。
「・・・もう一人のボク・・・?」
呆然とした呟きに答える声はない。
けれど判った。
彼がすぐ傍にいる。
間違いない。これだけは、絶対に間違えない。
やっと。
やっと、来てくれた。
「もう一人のボク…ッ」
触れた所から流れ込んでくる意識の奔流。数え切れないほどの言葉。
ただ、それが示すことは一つ。
痛いほどに。
切実な響きを伝えるその“声”に彼はただゆっくりと目を伏せて、次々とあふれて零れ落ちる涙に唇を寄せた。
もう以前のように触れる事すら出来なくなった手を重ねる。
・・・オレも、同じ事をおもっていたよ。
お前の、温度。
触れたら、温かいのかな、って。ずっと。
いつか確かめたいって、ずっと。
作品名:それは優しいだけのうた 作家名:みとなんこ@紺