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みとなんこ@紺
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それは優しいだけのうた

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ボクらは色のない世界に生きている。


空を見上げる。
雲の落とす、白でも、黒でもないその影。
灰色というのだと、誰かが言った。

寒いことも、暑いことも、「言葉」で知っている。
だけど、それを「感じる」事の出来ないボクらには、本当の意味でそれを知ることはないだろう。

実感を伴わず、ただ過ぎていく時を眺めるだけ。
ボクらは言葉を集め、証言し、守る。
その為だけの存在。
人間にはある歴史を紡ぐ事もなく、

ただ、見守るだけの。傍に、いてあげるだけの。
時の輪から外れた者たち。
それが、ボクらだった。










『永遠にも等しいこのひとときに。』













抱き締めていたそれが、す、と軽くなった。
同時に、ふ、と意識が浮上する。
ゆっくりと目を開けると、抱き締めていたはずの淡い光が揺らいで消えていく最後の瞬間だった。
消えていく光を見送りながら、ゆっくりと笑みを口元に浮かべる。

「――――おやすみ。もう、悲しまないで」

答えるように、光は散った。

さて、と。
朝の学校ほど見ていて忙しない、でもワクワクするような気持ちになれる所はない。
遊戯は正確に時を刻む時計台の上から、いつものようにこの景色を見下ろした。
少しばかり高台にある四階建ての校舎から、更に一つ高い所にある時計塔。
もう少しすれば、いつもと同じようにカラーンカラーン、と遠くまで届くいい音を響かせるだろう。
この街の何処にいても、この鐘の音は聞こえる。

朝を告げる、時の声だ。

視線を下に向けると、たくさんの子供たちがあちこちで集団を作りながら、もしくは小走りに脇目もふらずに校舎に吸い込まれていく。
遊戯は軽く目を閉じて耳を澄ました。



『――――どうしよう、今日当てられるかな。マズイなぁドラマ見ちゃって予習全然やってない』

『あ、どうしよ。鍵返すの忘れてた。・・・ま、いっか後でも』

『おいおい、朝っぱらから校内で堂々とライター持ち歩いてるなよ。取り上げなきゃ学年主任がうるさいだろ?ああ、見えないトコでやってくれよまったく』

『・・・月曜かぁ、だりぃなぁ…早く帰って寝ちまいてぇ・・・』

『ああくそ、なんであんなつまんねー事言っちまったんだろ。…アイツ怒ってるかな。怒ってるよな。・・・早く来ねぇかなあ、HRはじまっちまう…』



何でもない心の声を一つ一つ拾い上げて、小さく笑みを零す。
僅かな先触れの音と共に、背後から大きな風がきた。
同時に、カチリと重なる針の音。

風に乗って、歌い出す。

道行く人々は一瞬遅れて空を仰ぎ、すぐ足早にそれぞれの向かうべき方向へ歩き出した。



目を伏せてそれらを見送り、遊戯も同じように空を仰いだ。
雲の落とす、白でも、黒でもないその影。
空は「青」だったか。いや、でも「赤」だという人もいた。これは時によってその色を変えるのか。
モノクロームの視界しか持たないこの身では判らないけれど、今はどうだろう。
さっき空を見上げて笑った人がいたから、きっとキレイに、高く澄んでいるのだろうと思うのだけれど。
遊戯はふらり、と緩慢な動作で立ち上がった。
朝の声を告げていた時計台は今はいつもの一仕事を終えて満足そうに沈黙している。
何となく労うような心地で、ポン、と手を触れさせ、意識を空に向けた。

風に煽られたようにふわりと身体が浮き上がる。
空を飛び回る、鳥のイメージ。
ふわり、と音もなく透明な翼を広げて。
心も地を離れて、風にたゆとう。
遠く、風に乗って様々な声が届く。遊戯は両手を耳に、風に乗る音を集めるように耳を澄ました。
今日も人々はいつもと同じように繰り返す毎日の生活の波に乗り、変わらぬ音を、声を伝えてくる。
変化のない毎日を厭う声もあれば、感謝する声もあり。人によってこんなに違うのかと、相変わらず不思議に思う。
そう、人は不思議なものなのだ。…だから、こんなにも気になるのかもしれない。
手を下ろして、遊戯は空を仰ぐ。
空の高い所を、淡い影が飛行機雲を引きながら飛んでいる。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ街の目覚め。
そして、

「…おはよう、もう一人のボク」
いつもと同じように人が交わす“挨拶”のまねごとを。

クスリ、と小さく笑う気配と共に、
「――――おはよう、相棒」
慣れた声が返してくれた。

振り返ると、時計塔に飾り代わりにつけられたらしい、密かにお気に入りなのか定位置の風見鶏の隣で、いつもと同じように笑う、彼。
「…いい朝だな。港まではっきり見える。・・・昨日もここに?」
問いかけてくる彼の声は柔らかい。
「うん、ちょっとだけ眠ってた」
「そうか、どうりで呼んでも返事がなかったわけだ」
他愛もない言葉遊び。こんな遊びに付き合ってくれるのは彼だけだ。本来なら自分たち“こちら側”の者にはないこの習慣を交わすようになって、どのくらい経ったのかも忘れてしまったけれど。
それだけの長い時間を彼と共にいた。
そしてきっとこれからも。




「電車がホームに入って来た時、ふらりと足を踏み出した女に気付いた無気力な青年がとっさに伸ばした手は、女の命をつなぎ止めた」
見ていた誰かが悲鳴を上げて、引き吊れたブレーキの音が消えた時。我に返って身体を起こした終わりを望んだ女は、痛いほどに握った手を震わせ、青年が泣いていることに気付いて俯いた。
「――――相棒は?」
授業がはじまって、誰もいない学校の廊下を辿りながら、彼らは見聞きしたものを唱うように並べた。

「・・・駅前の歩道橋」
音の聞こえなくなったおばあさんは、いつもと同じ時間に登校中の子供たちを見守るために、目の見えなくなった年老いた飼い犬と一緒に階段をのぼる。
友達と昨日発売した新しいゲームの情報を交換しようといつもより五分早く家を出た子供が、通りすがりに彼女に気付いた。少し戸惑った後、おばあさんの手を引いて、いつもの場所まで導いた。

「…相棒はここに良く来るな」
「うん。…何でだろう。何となく、ね。朝はここからはじまるよ。子供たちが集まるところだからかな」
「…確かに色んな声が聞こえるな、ここは」
「今いる子供たちがいなくなっても、ここはいつまでも変わらないよ。…ずっと昔、ここを出た子が立場を変えて帰ってきたけど、やっぱりここは変わらなかった」
開いた窓から教室を覗き込むと、平坦な調子で英文を読む教師と、聞いている振りをして、各々こっそりと好き勝手な事をしている生徒たち。
やはり、この図も昔から変わらない。
「・・・でも、ボクらが見える子供たちはホントに減ってしまったね」
遊戯の声は小さな物で平坦だった。
もう一人の遊戯は僅かに目を伏せて、同じように小さくそうだな、と返す。
彼らは大人の目には映らない。だけど子供たちには見える事があったのに。時が流れ、アスファルトに街が覆われた辺りから、その数はあからさまに減ってしまった。
以前は不思議そうな顔をして見上げてくれた子供たちに、もう彼らの姿は映らない。
伝える言葉を持たない幼子だけが、透明な瞳をして自分たちを映す。

もう一人の遊戯は、そっと半身の様子を窺った。