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最高のFINALE

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こう忙しくては、家に帰る暇もない。

トランクスは隙間なく書き込まれたスケジュールを見て溜息を吐いた。

現在のカプセル・コーポレーションの実質的な全ての運営は、ほぼ彼に一任されていた。
始まりは一人の科学者が西の都に創り上げた小さな会社だったが、今やその支店は世界中に広がっている。
その為、トランクスには休む暇がなかった。支店の研究所視察、技術会議、技術講義。その他諸々の雑務。いちいち家に帰っていては、時間が幾らあっても足りなかった。その為、各地の宿泊施設を利用し、彼はこの数年、生活を続けていた。


もう、何年になるだろう。父さんの声を聞いていないのは。
真っ黒なスケジュール表をぽい、と机に放り投げ、トランクスはベッドに仰向けに寝転がる。
母親であるブルマとは、仕事の関係もあるが頻繁に連絡を取り合っている。しかし、何度電話をしても、父親のべジータが電話に出た事は一度としてなかった。

まあ、相変わらずにしているのだろうけど。トランクスは思った。
あの父親が衰えている所など、想像も出来ない。今でもトランクスの中では、べジータは最強の力と、誇り高いプライドを持った、最も尊敬する戦士であり、父親だった。

それに加えて、彼等父子には「気」を感じる能力がある。少し集中すれば、その「気」を持った相手の状態が手に取るように感じられる。つまり、お互いに何か異常な事態があったとしても、すぐに察知する事が出来た。
しかし、連日の諸事に忙殺され、ここ数年、トランクスは「気」を探る事はしていなかった。

ふと、その事をトランクスは思い出す。電話での声よりも、その姿そのものよりも確かなもの。
(久しぶりに、やって見ようか)
トランクスは体を起こし、改めてベッドの端に腰を降ろすと、精神を集中させる為に目を閉じた。




「あんた、最近どこか具合でも悪い?」ブルマはリビングに来たべジータに問いかけた。
「何の話だ?」べジータはリビングのいつもの場所、一人掛けのソファに腰を降ろし、聞き返す。
「うーん」ブルマは少し考え込み、「何となく、ね。良く分かんないけど」
「何だそれは」べジータは憮然として言った。
「何でもなけりゃ、いいの。ごめんね、変な事言って」
「…おかしな奴だな」
べジータはそう言うと、手近に合った雑誌をパラパラと読み始めた。

確かに何も、特別彼に変わったところは見られない。
いつもと同じ声、いつもと同じ目。悪態をつく様も、いつもと同じ。
でも、どこか違和感がある。ブルマは思った。
でもそれが何なのかが、彼女には言い表せなかった。

「いつまでそこに突っ立ってるつもりだ?」
べジータのその声に、ブルマははっと我に返る。明らかに不満そうな表情をしたべジータがブルマを見ていた。
「お前の方が重症なんじゃないのか」
べジータのその言葉に、ブルマはいつもの様に憤慨し、言葉を切り返した。
「何よ、何だか分かんないけど、あんたの事心配して言ったのよ!」
キーキーといつもの様に文句を並べまくるブルマに、べジータはふと笑みを零した。

いつもの日常。いつものこのやり取りが、べジータにとって何よりも穏やかな時間をもたらす物だった。




次の日の朝。トランクスは宿泊先の部屋から姿を消していた。
部屋の窓は大きく開かれたままで。




***




皆が寝静まったであろう深夜。


ブラは自室の窓の外に誰かの気配を感じて目を覚ました。
彼女には「気」を探る能力は備わっていないが、身近な者の気、とりわけ家族の気を「気配」として強く感じる事が出来た。それもまた「気」を感じる能力の一端なのだろうが、誰かにこの能力の手ほどきを受けた事はない。
父親であるべジータは、兄であるトランクスには幼い頃、激しい訓練を強いていたらしいが、自分に対しては何処にでもいる父親と変わらず、しかし決して甘やかす事無く接してくれていた。

(パパの気配がした。どこ行くのかしら、こんな時間に…)

不思議に思ったブラは窓を開き外を見た。しかし、そこから見えるカプセル・コーポの庭や辺りの空は静まり返っているだけで、誰の姿も確認できなかった。
でも、いつもの事よね。ブラは再び窓を閉める。そしてベッドに潜り込むと、また眠りに落ちるまで、手元にあったアルバムを開いて見る事にした。

数少ない、家族写真。

ママと、お兄ちゃんと、私が一緒に写った写真はたくさんあるけれど。ブラはくすりと笑みを零した。
パパの写真はほとんどない。これが唯一の家族全員の写真。
私の誕生日の日に、ママが無理やり一緒に撮った写真。

(あんた、いい加減意地張るの止めなさいよね!)
(うるさい!撮りたきゃ勝手に撮ればいいだろう!俺は御免だ!)
(わ~かった、あんた、こういうの恥ずかしいんでしょ?照れちゃって)
(や、やかましい)
(あは、図星!も~いいからこっち来なさいよ)

ママに腕を組まれて、不機嫌そうに写るパパの横顔が何だか可愛く思えた。

この写真を撮った日から、もう何年経っただろう。
ママは少しづつ歳をとって、お兄ちゃんは大人になって、仕事でなかなか家に帰ってこない。
けれどパパは、変わらない。その姿はこの写真のまま、昔と何も変わっていない。
強く大きな手も、広い背中も。年齢さえ感じさせないその力強さも。

(パパはね、遠い星から来た王子様なのよ)
小さい頃、ブラはブルマにそう話された事があった。半信半疑で聞いていたその話も、今では本当だったと思える。
いつまでも、若く、強く、優しい父親。ブラはべジータの存在を自慢に、そして誇りに思っていた。

「…大好きよ、…パパ」
その写真に顔を寄せるように、ブラは再び眠りについた。





(嘘だ!こんな「気」が父さんのものであるはずない!)

トランクスはべジータの気を捕らえつつ、全力で夜空を一直線に駆けていた。
トランクスは信じ難かった。
あれ程強さと自身に満ちていた父親の「気」が、こんなに小さく、弱くなっているなんて。
トランクスは歯噛みした。どうして気づく事が出来なかったのか。日々の忙しさに感けて、何も気づかなかった自分を叱咤する。

でも、どこかで思っていた。この家族の時間はずっと続いて行くのだと。
別れは必ずやってくる。しかしまだ先の事だと。
それが、こんなにも早くやって来ようとしているなんて。

(どこにいるんです、父さん!)

嫌な胸のざわめきを押さえつつ、トランクスは更に速度を上げ、べジータの元へと急いだ。




作品名:最高のFINALE 作家名:めぐる