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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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優越故の劣等感を何と呼ぶべきか、わたしは知らない

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優越故の劣等感を何と呼ぶべきか、わたしは知らない



 大きく開いたイギリスの口に銀のフォークが消えていく。やさしい黄色の塊が切り分けられ、彼の口に消えていくのをフランスは彼の正面でみつめた。
 今日の朝食はオムレツだった。なかにチーズを挟み込んだ、とろとろのやわらかなオムレツだ。具がチーズになったのは、ほんとうはほうれん草を入れるつもりだったのにイギリスが文句を垂れたからだ。味音痴のくせに偏食だなんて矛盾を感じずにはいられない。
「しかし食べてる間だけはほんと静かだねえ」
 フランスは、彼が自分の作ったものを食べるのを見ているのが好きだった。誰かが自分の料理を美味しいと言ってくれるのは誰だって嬉しいだろう。それが凶暴で口の悪い年下の彼ならなおのこと、黙ってもくもくと食事するのを見て悪い気はしない。
 彼は、アメリカを子ども扱いするくせに、彼自身の味覚はまるで子どもなのだった。成長する過程でたくさんの味を経験しないといわゆる大人の味覚は身に付かないというが、イギリスはまさにそうだった。単純に味音痴というより、識別できる味がそう多くないのだろう。だから、単純で子どもっぽい料理を好む。世間一般で言うところの美食に縁がない。
 もっと贅沢言ってもいいのに、とフランスは思う。ゆうべ一晩飲んで、気がつくと二人とも全裸でカウチに突っ伏していた。イギリスは片手にワインボトルを握ったまま眠りこけていたし、目が覚めたフランスを真っ先に襲ったのはゆうべを戒めるかのような鈍い頭痛だった。いつものことだが、どうやらまたやらかしたらしい。
 小鳥たちが朝を告げる時間になって、フランスは彼より一足先に熱いシャワーを浴びた。普段より少し熱めに設定したシャワーを浴びるとアルコールでぼんやりした頭がようやくしゃんとしてきた。頭がしっかりすると腹が減ってくる。エプロンを締めて、イギリスにシャワーを浴びるように促す。まだカウチでうんうん唸っている彼になに食べたい、と聞いて「オムレツ」と返されたときは、なんて安上がりなのだろうと内心苦笑してしまったのだった。



「りんご食べる?」
「ん、」
 朝食のプレートを食べ終えたところで、フランスは汚れた食器を流しに浸けて包丁を取り出した。赤い皮を剥いていく。切り分けて、塩水を入れたボウルに入れる前に、イギリスの手が伸びてきて、まな板の上のりんごをかすめ取った。行儀の悪さを指摘するより先に、イギリスの歯がりんごを咀嚼する。しゃく、という小気味よい音がキッチンに響く。
 フランスは口を開くのが惜しい気がして、イギリスの手癖の悪さを指摘することはせず、黙って手を動かした。しかりつけるのが面倒だったわけではない。キッチンに落ちた、嫌ではない沈黙を壊すのが惜しかったのだ。
 リビングからテレビの音が聞こえるほかは、フランスが皮を剥く音、それから彼の歯がりんごを咀嚼する音が聞こえるばかりだ。それが、なぜだか無性に心地よく得難いものに思われてならなかった。まるでこの先長くはないであろう老夫婦が日向で日光浴でもしているかのような、いとしくておかしな感覚だった。悠久の時を生きてきた自分らしくもない。イギリスともそうだ。こんなふうに穏やかに過ごしたことはほとんどなかった。なのに今、フランスは長年連れ添った相手に対するような感慨を抱いてすらいる。そのことが不思議で、だが決して不愉快ではなかった。
 一切れがあとわずかになったところでイギリスが腕を上げて手首にまで垂れた果汁を舐めとった。シャツを濡らすまいとして、慌てたように赤い舌が白い手首を這う。骨ばった、肉付きの薄い手首だ。それから彼は布巾で手首を拭うと、ボウルに浸けた塩水からもう一切れくすねた。そこでフランスはようやく口を開いた。
「人が切ってる横からとらないで、お皿出してよ」
 彼は気づくだろうか。指摘するには遅すぎること、意図がフランスにあって黙っていたのだということを。
「全部食べちゃうつもり?」
 それならそれで別に構わないのだが。イギリスはようやく食べかけのりんごをくわえたまま、戸棚からガラスの器を取り出した。ついでにフォークもだ。
「なんで一本しか出さないの。お兄さんの分は?」
「俺、もう要らねえから」
 イギリスはボウルのすぐ傍に器とフォークを並べると、手を洗ってリビングに戻った。それからジャケットのなかに入れっぱなしになっていた携帯電話をひとしきり操作すると、スラックスの尻ポケットに財布を、ジャケットに携帯を元通り押し込み、じゃあなと部屋を出ていった。悪態もつかず、暴言も吐くことなく、彼はあまりにもあっさり帰った。あまりのあっけなさに、フランスは呆然として握ったままの包丁をどうすることもできないまま立ちすくんだ。
 彼はわかっているのだろうか。イギリスのために食後のりんごを剥いてやろうとキッチンに立ったのに、変色したら美味しそうに見えないから食塩水を用意したのに、きれいな器に盛りつけて出してやろうと思ったのに。
「・・・お前はいつもそうだ」
 フランスが準備したものには見向きもしないで、一人で満足して、一人で納得して、いつの間にかフランスの前から去っていく。いつだってそうだ。自分勝手でわがままで、他人の心遣いなどまるで気づきもしない。
 ちいさなことかもしれない。彼を責めるには値しない、些細なことかもしれない。イギリスがそうしてくれと頼んだわけではないし、彼に何かしてやりたいと思うのはフランスの勝手だ。
 だが、どうにもやりきれない。
 イギリスはきっと気づかなかっただろう。
 イギリスが手首を舐めた時、ふとフランスのなかにある衝動が沸き上がったことを。白い肌に浮きでた青い血管のなか、その管を通る赤い血を思った。
 自分のものにならないなら、いっそ殺してしまおうか。
 だがフランスはそうしなかった。隙ならありあまるほどあった。りんごに向けるナイフをわずか三十センチばかり隣に向ければいい。わずか三十センチ向こうの彼に振り向きざま突き立ててしまえばそれでおしまいだ。
 ぶすりとひと突きだ。簡単なことのはずだ。今まで何人も手にかけてきた。国として生きてきた年齢分、命を奪ってきた。多くの国がそうであるように、フランスも生やさしい道を歩いてきたわけではない。血が流れることを恐れるのではない、ひとを殺めることを畏れるのではない。ただ、イギリスその人を惜しむあまりに手にかけることを懼れるだけだ。
あのやさしい時間が永遠に続くものではないことは、フランスがいちばんよくわかっていた。あれは、自分のものではない。彼は本当の意味で手になど入りはしない。ならばいっそと、手の中に握り込んだナイフを彼の胸に突き立てることもできない自分はいったい何なのだろう。
 皮を剥き終えて器に盛ると、そのひと切れをかじった。りんごはほんのすこし塩の味がした。ほぼまるまる一個のりんごはひとりでは食べきれずに、フランスは途中でフォークをおいた。
 イギリスがこのあと向かった先は、きっとアメリカだろう。携帯の着信を見て、彼はワシントンに飛んだにちがいない。でなければ、どうしてせっかくの休日の朝をのんびり過ごさないのか説明がつかない。