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放課後怪談。

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1.5、幕間のこと。




『十時集合、遅れた奴は全員にジュースおごりな!』
 メールが来たのは、九時を回ったころだった。時間だけで何処にとも記されて居ないのは、それが五人にとって自明の場所だからだ。湯豆腐の夕食を終え、父親と入れ替えに風呂から上がった久々知は、淡く発光する小さな画面に視線を固定したまま、髪を拭っていたタオルを洗濯機に放り込んだ。無造作に投げられた青色のそれは、放物線を描いてきちんと洗濯槽に落下する。そのままキッチンへ行き、壁に寄り掛かる様にして水を飲む。行儀が悪いと窘める筈の母親の姿は見当たらなかった。代わりに、いつもは施錠してある勝手口が空いている。大方ごみ出しでもしているのだろう。
 抜け出すのに備え、既に着替えは済ませてあった。シンプルで動きやすいのが取り柄の、昼間なら自身でも躊躇する様な洒落っ気もなにもない格好だが、同性の友人同士で学校に忍び込むのに一々格好を介意っても仕方がない。精精、上も下も黒系統で合わせれば夜にまぎれてまだ目に付き難いかと考えたくらいだ。普段似た様な恰好で寝ているから、親が気に留める懸念が少ないという利点もある。『次は雷蔵だからよろしく!』二行目に付け加えてあるだけの、簡潔なメールはとても竹谷らしい。母が戻ってくる前にと体育用の黒スニーカーを持ってそっと二階の自室に引き上げ、深い灰色のT襯衣の上から薄地の、これも黒いパーカーを羽織りながら、久々知は片手で文字キーを弄った。
 いくら夏とはいえ、山間(やまあい)の町の夜は冷える。
『ハチからメール来た 十時に集合 遅刻したやつは全員にジュースおごれってさ』
 一つ釦を押し、送信画面を軽く睨んだ。送信先:不破雷蔵。点滅して浮き上がる文字が目に痛かった。一斉送信にすれば早いのにわざわざ不破に回せとあったのが何故なのかはさっぱりわからないが、連絡網もどきをやりたかっただけで他に大した意味なんてないに決まっている、訊くだけ無駄だ。そもそもが首謀者の鉢屋は兎も角、尾浜にはもう知らせて在るのだろうか。しばらく考えた後、不破の次に回す相手の指定が無かったのだから、連絡が行っていると考えて差支えないだろうと思い直し、久々知は携帯電話をポケットに滑り込ませた。
 画面に表示された時刻は、九時四十三分を指している。
 財布と懐中電灯とタオル、念の為に替えの電池と燐寸と絆創膏まで詰め込んだショルダー型のシザーバッグを肩にかけ、部屋の北にある窓を開けた。網戸をずらす動作一つにさえ慎重になる。若干錆びた金属のすれあう小さな音ですら、計画を台無しにするのには充分だ。しんしんと沈む夜の気配が室内へ忍び込もうとする隙を見計らい、そっと身を乗り出す。夜には独特の匂いがあると、以前に竹谷が言っていた事を思い出した。昔から、動物並みの感覚を持った奴だった。
 雨戸サッシのすぐ下には、他の家に比べ横広に張り出した千鳥風の破風が伸びていた。久々知の部屋は、昔で言う処の所謂破風部屋に当る。父方の曽祖父の代に普請された、それなりに古い家なのだ。靴を履き、腰の高さの桟を飛び越して外に出れば、緩い傾斜のまま雨樋を伴って流れる屋根の最終点まで、平衡を保って歩くだけでいい。幸い、古い瓦や甍はとっかかりが多くて歩きやすい。裏の物置を足場代わりに、地面へ降りた。御誂え向きに夏草が生えていて、わずかな距離とは云え飛び降りた際の音やら足音やらを消してくれる。
 此処を上手く伝えば下に降りられると気付いたのは、身長の伸び始めた小学校六年生の頃だった。勿論、最初は恐怖が勝る。おっかなびっくり、一度成功してからは案外と気軽に、何度も窓と部屋とを往復した。そんなことをしても体力と神経を使うだけで、平素は玄関から出た方が楽に違いは無いのに、どうしても窓から外へ出たかった時期があった。今ではそんな感傷も感動も薄れ、とっくに思い出せやしないが、窓から出入りすることそれ自体に、昔の自分は一種の憧れを抱いていたのかもしれない。


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幕間。
まだ全然怪談になってない。
作品名:放課後怪談。 作家名:朝野 夜