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学級戦争

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番外/過去編


 それは青葉が高校へ進学する前の話である。


 目を開けるとそこは真っ白な空間だった。
「おはよう」
例えば朝、登校中に会って挨拶をするような普段と全く変わらない声、しかしこの白過ぎる空間には似つかわしくない声。
「先輩、ここは……?」
白過ぎて壁との距離すら掴み難く、広く見えるが実際はあまり広くないその部屋、否、一面は防火戸であるから部屋とすら呼べない空間に竜ヶ峰帝人がいる。いつものように携帯電話を操作していて、やはり白く塗られた小さなドラム缶に座っていた。
「密閉された室内だね」
「……密室ですよね?」
「そうかも」
白くないのは帝人と青葉だけで、ドラム缶だけでなく転がっているバケツもガムテープも刷毛も何かの容器も白一色で統一されている。蛍光灯が目に痛かった。
「何で白なんですか?」
青葉をここへ運んだのは帝人の筈だ、呼び出された後の記憶がフツリと切れている。そうなるとこの密室を用意したのも帝人ということで、暗に何故こんな妙な演出を、と問うているのだ。
「あ、他の色が良かった?」
「いえ、それはどうでも良いんですけど。何か意味でもあるのかなって」

「ああ、棺桶になるかも知れないから」

「は……?」
普段と一切変わらない声で聞き捨てならない言葉を吐かなかっただろうか。青葉が考えている内に帝人は言葉を重ねる。
「そうすると白い服も着なきゃ、と思ったんだけど、全身白一色だと目立つし、よくよく考えてみると白い服なんて持ってなかったんだよね」
ほら、白って汚れが目立ってすぐに着られなくなるから、と苦笑するその顔は高校生ながら一人暮らしをしている彼らしい発言だが、前言がそれを不気味なものにしている。
「死ぬなら盛大に散財しても良かったんだけど、生き残る可能性を考えるとそれも出来なくてね。片づけはしてきたけど」
それは冗談を言っているような口調だった、しかし声に冗談や嘘が混じっている様子がない。表情は苦笑、だというのに薄らと細めた目は笑っていない。
「な、んで……」
「?」
「何で、こんな……?」
 一度、きょとん、と首を傾げてから
「ッ」
冷ややかな、極寒の海の底を思わせる眼。誰だこれは、と咽喉が引き攣った。青葉の知る帝人は穏やかで、真面目で、慎重で、非日常を深く深く愛していて、それでも日常に浸る、利用し甲斐のあるただの高校生だった筈だ。
「――――正臣の彼女が数ヶ月前にカラーギャングに襲われたんだ」
それは青葉も知っている。
「少し前にカラーギャング同士の抗争があって、僕も君も、園原さんも巻き込まれたよね?」
青葉は黙って頷いた。
「その2つに青いバンダナや目出し帽のカラーギャングが関わってるんだって」
そうなんですか、の一言が出てこない。
「君は、君達は僕達で何をしようとしているのかな?」
「俺がその一員だって言いたいんですか。確かな情報ですか? 証拠は?」
 帝人の言い分は事実だ、しかし白を切る。逃げ切れれば儲け物、それがかなわなくとも情報の元は聞き出しておきたい。帝人は予め出しておいたのだろう画像を、青葉に突きつけた。そこには青いバンダナをつけた青葉と、その仲間が写っている。
「情報をくれた人は天性の犯罪者気質で必要なら嘘も吐く。でもそれを分かってるからこそ、僕はその人を過信しない、自分で真偽を調べるよ。これはその結果」
台詞に慎重な性格が出ていたが、明らかに人の目線から撮った画像ではない。誰かから得たのか自分で撮ったのかは知れないが、彼もまた目的のためには手段を選ばないようだ。そしてこれで青葉は自分の所業を隠し通せなくなった。
「……それで帝人先輩は俺を私刑にでもするつもりで」
「反省する気のない君に刑罰なんて無意味だよ。それにこの間の件に関しては僕にも責任がある。それを君になすりつけて終わりにするようなゲスに、僕はなりたくない」
 携帯電話の画面が変わる。メールの送信画面だった。
『赦せるなら助けて』
青葉がその文面に気を取られている間に、バシャリ、とドラム缶の中身が撒かれた。特に色はなく、しかし覚えのある臭い、ガソリンだろうか。
「火事での主な死因は、煙を吸い込んだからなんだって」
 いつの間にか普段通りの笑顔に戻った帝人の手には燐寸が握られている。
「ちょっと、何考えてるんですか!? 死にますよ!?」
「だから最初に棺桶になるかもって言ったじゃないか」
狂言じゃなかった、と気づくももう遅い。燐寸は帝人の手を離れ、ガソリンの上へ。ゴ、と音を立てて火は勢いを増す。慌てて駆け寄った防火戸の隙間は樹脂で塗り固められていて、このままだと煙を吸い込む前に窒息して死んでしまう。確かにここは密室ではなく、空気さえ遮断される密閉された室内だった。
「正気、ですか……?」
 その空間の主とも言える帝人は温度が上がり続け、酸素も急速に失われる室内で顔色一つ変えずに携帯電話を操作している。
「とりあえず本気かな」
言い終えて、そこで初めて悲しげな顔をして
「2人に赦されなかったら何の意味もないけどね」
パチン、と携帯電話を閉じた。










 呼吸が不可能になる前に防火戸は切り裂かれたが、助かった、と息を吐く暇もなく2人いた救出者の内の1人に殴られる。二度とその顔を見せるな、救出者2人から指定された対象は僅かに違えど、内容はその一言に要約される。彼等が助けたかった人物を盗み見れば目が合い、
 ――またね
と微笑んで音もない、口唇を動かすだけの再会予告。それは死にかけた、殺しかけた人間のする表情ではない、しかもその殺しかけた相手に対して。
 文字通り引き摺られてその場を去る帝人が見えなくなって、途端に腰が抜けた。しばらく立ち上がれそうにない。
「二度と、顔を見せるな……?」
 こちらから願い下げだ、二度と『遭』いたくない。肺が動いていることを確認して、青葉は盛大に息を吐いた。
作品名:学級戦争 作家名:NiLi