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戦争のお時間 2

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戦争のお時間 2



 がた、と短い学ランから赤いシャツを覗かせる少年は椅子に後ろ向きに座った。何やら必死にノートに視線を落とす少年の前にニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、とんとん、と机をたたいた。

「ねえ、知ってるかい?来良の噂」
「…お前、今俺が何してるのか分かってるのか」
「うん。今日当たるはずの宿題を優等生のドタチンが珍しく忘れてて、今必死にやってるところだよね」
「分かってるなら話かけんな」

 すぐにノートの落とされる視線に少年…臨也は面白くないのか、頬を膨らませて机にべったりと腕を伸ばして門田の作業を邪魔した。

「それでさぁ、俺昨日会ってきたんだよね。噂の来良のトップに」
「トップ…?聞いたことねぇな。つか、退け」
「いるんだよ、それが。《ダラーズ》《黄巾賊》《罪歌》それぞれのトップがね、実は仲良し3人組だったのさ」
「…面白くねぇな」
「なんだよー俺の情報が正確ってことはドタチンがよく知ってるだろ?」
「……」

 《ダラーズ》《黄巾賊》《罪歌》。この3つは今、池袋を騒がすチームの名前だ。前者2つはカラーギャング。ただし、ダラーズは基本何もしないし、リーダーもいない。創始者らしき人物はいるらしいのだが、門田の知らぬところだ。
 黄巾賊のリーダーは同年代だということを耳にいれたことはあったが、まさか池袋最強を争う3つのグループのトップが仲良しだとは、おそらくはこの自称情報屋しか知らぬ情報だろう。

「ははっ面白い子たちだったよ。俺に会った瞬間に日本刀突き付けたやつも初めてだけど、いきなり強い毒吐かれるなんてね」
「日本刀…?」
「゛かかってこい゛とか言われたからさあ。頑張らないとねぇ、シズちゃん!」
「あ?」

 教室の端のほうの机に突っ伏していた影が呼びかけにユラリと揺らいだのが分かる。それに門田は、げ、と眉を寄せて、臨也は楽しそうに座っている椅子をガタガタと揺らした。古かった床…加えて毎日の戦争のような喧嘩に床は悲鳴をあげる。
 眠っていたのか、目をこすりながら顔をあげる静雄に臨也は手元にあったカッターの刃を出して、投げる。が、それは静雄の顔の少し横をかすって壁に突き刺さった。

「…俺のカッター」

 つう、と自分の頬に流れる液体を静雄は手で拭い、ゆっくりと目の前に持ってきて確かめる。真っ赤な指を見て、そのまま振り返ると壁に見事に突き刺さったカッターの残骸。そしてその直線上を見つめて、そこでやっと静雄は今起きたことを理解した。

「……てめぇ、」

 ガタ、と静雄が立ち上がった瞬間、教室内の座っていた生徒がすべて起立する。先生が来たわけではない。ただ、生徒たちはこれまでの経験で培った危機回避の能力がついたのだ。つまり──喧嘩の気配を感じて早々に立ち去ったのだ。

「表出ろ、いざやァアア!」
「おー怖い怖い。ねぇどう思う、ドタチン。シズちゃん一人でダラーズと黄巾賊と罪歌…今度こそ死んでくれるかな?」
「は、ちょっと待て、臨也…」

 何かを言いかけた門田の口は飛んできた机によって閉ざされる。「しまった、逃げ遅れた」小さな呟きは二人の喧騒によってかき消される。そのうちやってくる教師に合掌して、そして宿題を当てられないことに安心して門田もその教室を立ち去った。

「──楽しみだなぁ!ねえ帝人くん、君はどう出るのかな?」

 非日常を誰よりを渇望する少年を想い浮かべて、臨也は小さな教室から見える大きな空を仰いだ。


作品名:戦争のお時間 2 作家名:センリ