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トランバンの騎士

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【13章】彼らの選ぶ道筋


 ヒックスとの偶然の再会から、佳乃の一人旅は二人旅へと姿を変えた。
 佳乃とヒックスの関係は、孤児院のお手伝いと併設された礼拝堂に時々訪れる騎士。軽口を叩けるほど親しい仲ではなかったはずだが、元々ヒックスという男は気さくで話しやすい性質をしている。旅の合間に会話らしい会話が望めるとは思っていなかったが……佳乃にとっては意外に楽しい旅程となった。ヒックスは佳乃が何かを話して欲しい気分の時には雑談や小噺を持ちかけ、思考に沈みたい時には一切口を挟んでは来ない。のらりくらりと笑いながらも村人を蜂起へと煽った手腕は、そのあたりにも隠されているのだろう。
 味方として同じ陣営に居る分には、良い雰囲気を作ってくれる心強い男だ。
 イグラシオもその辺を高く買っていたのであろう。エンドリューも、彼を好いていたはずだ。だからこそ、ヒックスの出奔が信じられず、佳乃がヒックスについて聞いた時の尖った態度へと繋がるのだろう。
 佳乃は街道を歩く足を止め、空を見上げた。
 佳乃の頭上高く、ほぼ真上にある太陽は正午近い事を教えてくれていた。
 おおよその時間を確認し、佳乃は視線を前方へと戻す。前を歩くヒックスの背中を見つめ、さらにその先を見つめた。
 古地図を睨み何度も方向を確認し、何日も歩いてようやく辿り着くまだ小さくしか見えない村は、『ハイランド領』にある。
 つまりあの村へとたどり着けば、ようやく目当ての国へと到着することになるのだ。



「……なんの音?」
 森の中を木霊し、微かに聞こえる音に佳乃は眉をひそめる。
 そのまま佳乃が足を止めて音の正体を確かめようと耳を澄ませると、前を歩いていたヒックスが立ち止まった。
「これは……剣戟だな」
 どうやら、ヒックスにもこの音は聞こえているらしい。ヒックスは森に木霊する剣戟の聞こえてくる方向を探り、あたりを見渡して肩を竦めた。
「大方、どっかその辺で野党にでも襲われている旅人かなんかが居るんだろうよ」
「……野党にしては、数が多くない?」
 目を閉じて耳を欹てたため、敏感になった聴覚が拾い取った音は意外に多い。
 ヒックスと二人旅するようになってからは『癒しの力をもつ一人旅の僧侶』という噂も功を奏さなくなったのか、何度か野党に出会っている。そのいずれも精々が十人前後の集まりだったというのに、聞こえてくる剣戟や足音は、それをはるかに超えている。
「んじゃあ、盗賊団対野党の群れ、とか?」
「それって、何か違うんですか?」
 ヒックスの軽口に乗ろうかとも一瞬思ったが、森の中を木霊する喧騒から外れた2つの音を拾い取り、佳乃は言葉を飲み込んだ。
「……こっちにきやがった!」
 喧騒から外れ、佳乃とヒックスのいる街道方向へと近づいてくる足音に、ヒックスは佳乃を背中に隠す。そのままの動作で剣の柄に手をかけ、ゆっくりと刀身を鞘から抜き去ると、1つ目の足音が森の中から街道へと転がり出てきた。
 ヒックスの予想通り、相手は野党だ。血の染みがある汚れた服に身を包み、軽装ではあったが鎧を着けている。間違っても、旅人には見えない。
 街道に転がり出てきた野党は剣を抜いたヒックスに気がつくと、一瞬戸惑ったようだった。
「ちくしょーっ! 挟み撃ちかよっ!?」
 そう毒づき、身を翻した野党を追って新たな足音が街道へと姿を現す。
 森から現れたもう一人の男は――騎士だ。間違っても野党ではない。陽光を浴びて白く輝く鎧を身に纏い、野党の退路を塞いでいた。
「ひっ!」
 野党を追って現れた騎士に、ヒックスは自身の剣を鞘に収める。
 佳乃は騎士と野党のやり取りを遠巻きに見つめ、微かに眉をひそめた。
 騎士に見覚えはないが、野党には見覚えがある気がする。
 あっという間もなく武器を奪い、捕縛に成功した騎士が野党に縄をかけるのを観察しながら、佳乃は野党に近づく。
 野党に知り合いはいないが、既視感の正体は確かめたい。
「お嬢ちゃん……兵隊さんの邪魔をしちゃいけねぇよ」
 そう一応佳乃に声をかけては見るが、ヒックスには一声かけた程度で佳乃の行動を制限できるとは思っていなかった。それよりも、別に気になる事がある。
 野党を捕縛した騎士は、少なくとも傭兵には見えない。野党を捕縛する一連の流れに、騎士が訓練を受けた兵士であることが判った。が、騎士の顔に見覚えはない。つまりは、目の前の騎士は『騎士』であっても『閃光騎士団』に居た者ではない。となると、騎士はいったい『どこの』騎士なのか――
「お怪我はありませんでしたか?」
 佳乃が近づいて捕縛される野党を覗き込むと、丁度作業を終えた騎士が顔を上げた。
 よく手入れのされた髪の騎士は、まだ歳若い。
 騎士は自分を覗き込んでいる女性に姿勢を正すと、礼儀正しく口を開く。
 佳乃としては邪魔をするな、と怒鳴られても不思議はないと思っていたのだが、どうやら騎士の上司は素晴らしい人格者らしい。末端の兵士にまで教育は行き届いていた。
「申し訳ありません。不覚にも賊を一人取り逃し、旅人である御婦人を危険な目に合わせてしまいました」
「いえ、それは……大丈夫でしたから」
 自分はヒックスに庇われ、無傷。ヒックスも剣を抜いただけで、相手が逃げ出したので無傷。くだんの野党を捕まえたのも、追いかけてきた騎士だ。自分達は何の被害もこうむってはいない。
「それよりも……」
 気になることがある。
 佳乃は礼儀正しい騎士に微笑んで言葉を返すと、改めて野党を見下ろした。
「……この人、どっかで見た覚えが……?」
 まじまじと野党を見下ろしながら首を傾げる佳乃に、後ろからヒックスのツッコミが入る。
「おいおい、お嬢ちゃん。野党に知り合いなんかいんのか?」
「そういうわけじゃ……あ」
 野党に知り合いはいないが、盗賊にならば知り合いがいる。
 そう思い至り、見覚えのある『野党』の顔をどこで見たのかを思い出した。
 会話の流れからずっと『野党』と呼んでいたが、彼は『盗賊』だ。
 それも、わりと最近見た顔でもある。
 騎士に捕縛され、気を失っている『盗賊』は、以前ヒルダに頼まれて治癒を施した男だった。



「あ、おい! こら、お嬢ちゃん!!」
 見覚えのある盗賊の顔に、佳乃は騎士と戦っている人物が誰なのかが解ってしまった。すぐに佳乃は背負っていた荷物をヒックスの手に押し付けると、騎士と盗賊が出てきた場所から森へともぐりこむ。
「危ねーぞっ!」
「遠くから見るだけです!」
 ヒックスの声を背中で聞き、佳乃は振り返らないまま答えた。
 盗賊と騎士の争う場へと向かっているのだ。
 多少の危険は覚悟のうえ。
 そして、それを避けるために遠巻きに覗くことも計算のうちだ。



 1メートル程の段差に森が切断され、佳乃の背後には森、前方にはぽっかりと広場が広がっている。
 否、森を抜けたと考えた方が良さそうだ。
 片や森を背景に立ち、もう一方は広原を背後に、盗賊と兵士が向かい合って陣を構えていた。
 そう、『陣』を。
 佳乃が想像した通り、街道まで聞こえてきた剣戟は、盗賊と軍隊とのものだった。
 佳乃はそっと木の幹に身を寄せ、盗賊対軍隊の戦いを覗き見る。
 戦況はやはり軍隊に分があるようだった。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ