トランバンの騎士
そして、騎士とは弱き市民を守るものでもある。
忠誠を誓った領主は守らねばならないが、その領主を討たんと攻めてくるのも守るべき市民だ。
本心では守る価値がないと解っている領主を守るために、市民を傷つけている。
領主と市民の軋轢。
それがイグラシオ最大の悩みだ。
それを一つひとつ解いていくためには、まずはイグラシオ自身に腹を決めされなければならない。
「……動けないなら、動かざるを得ない状況にしてやれ? っていうか」
自分の答えに半信半疑ながら、佳乃はヒックスを見上げる。
自分の気持ちは決まっているが、それが正しいことなのかは解らない。が、以前自分がヒックスに言った『悩める時間があるうちは考える。考えて、考えてだした答えに従う。それから後悔する』という言葉に従うことにした。
そう腹を決め、口から一応の形としての言葉を吐き出し、佳乃には一つ気がついたことがある。
自分はハイランドの状況が知りたいのではなく、ハイランドまで『次にイグラシオの主人となる』『ウェイン』を呼びに行きたいのだ、と。
「……すみません。うまく説明できない」
内に渦巻く理性と感情に混乱し、佳乃は軽くこめかみを押さえる。
ぐるぐると自分が混乱している事はわかったが、発言を撤回するつもりはなかった。
「……いや、良くわかった」
「え?」
自分でも自分の考えが解らないというのに、ヒックスにはそれが解ったらしい。
瞬きながら自分を見上げる佳乃に、ヒックスはニヤリと笑った。
「つまりは、ようやくお嬢ちゃんも団長をなんとかしようと思ったわけだろ?」
「イグラシオさんをなんとかというか……」
言葉を区切り、佳乃は首を傾げる。
「……そうなんでしょうか?」
「違うのか?」
「わたしは、もうこれ以上イグラシオさんが辛いのは嫌です」
考えはキレイにまとまってくれなかったが、これだけは確かだ。自信をもって断言できる。
曖昧な言葉であると佳乃自身思ったが、意外にもヒックスはこれに納得したらしい。
満足げに微笑みと、ぐしゃぐしゃと佳乃の髪を撫で付けた。
「しっかし、顔に似合わず恐ろしいことを考えるな」
「はい?」
ヒックスの言葉の意味が解らず、佳乃は瞬いて見上げる。っと、ヒックスは佳乃が自分の発言の危険性に『気がついていない』ことに『気がついた』。
「……つまりは、ハイランドに自治領トランバンを売り飛ばすってことだろ?」
「売り飛ばすって、……わたしはそんな」
思ってもいなかった指摘をされ、佳乃は瞬く。
すぐにからかわれているのだろうか? とヒックスの顔を見つめ、顔は笑っているが真剣な目をしたヒックスに、佳乃はそれが冗談でもなんでもなく、言葉通りの意味なのだろうと実感した。
「他国の力を借りるってのは、つまりそういう事だ」
ハイランドへ行って軍を動かし、トランバンを占拠するということは、事実上ハイランド王国による自治領トランバンへの侵略行為に他ならない。
「わたしは、ただ……」
願っていることは、イグラシオの安寧。
それだけだ。
が、佳乃は改めて考えてみた。
『ゲーム』では『そういうゲームなのだから』となんの疑問も感じていなかったが、『ドラゴンフォースというゲーム世界』の中において存在する『星竜の戦士を集める』という『主人公たちの大義名分』も、そこで生活を営んでいる名もなき住民たちからしてみれば単なる『侵略戦争』だったのだろう。『システムなんだから』とまったく気にしていなかったが、よくよく考えてみれば城を落とした際には旗の色が変わっていた。
急に言葉を濁して沈黙する佳乃に、ヒックスは肩を竦める。
少しからかうつもりで言ったのだが、本当にそこまで考えていなかったとは思わなかった。
佳乃という娘は、抜け目ないように見えて抜けている。のん気に見えて、どこか賢しい。掴みどころのない娘だった。
「まあ、ハイランドに着くまで、考える時間はたっぷりあるさ」
「……」
すでに思考に沈んでいるのか、黙ってしまった佳乃にヒックスは自分の頭を掻き毟る。
不味いことを言ってしまった。
気づかせなければ、いいように利用できたかもしれないのに。
が、さすがにそれは教えておかなければいけない事でもあった。
「……ハイランドまでは、俺も一緒にいってやるからさ」
「え……?」
考えに沈んでいた佳乃であったが、付け足されたヒックスの言葉に思考を中断させる。
驚いて目を丸くした佳乃を見て、ヒックスは苦笑を浮かべた。
今の驚きすぎている佳乃の表情は、心外でもあった。
「お嬢ちゃんには世話になったしな。一人旅よりは安心だろ? それに……」
「それに?」
首を傾げて続きを促す佳乃に、ヒックスは少しだけ考えてから、当たり障りなく言葉を濁す。
「ボルガノは気にくわねぇが、ここはやっぱり俺の故郷だからな。やっぱ、自分でなんとかしたいだろ」
一瞬幼馴染の顔を見間違えるほど『ご無沙汰』な故郷ではあったが、とってつける理由としてこれ以上に相応しい物はない。試しに視線を落として佳乃を見ると、彼女はすっかりそれを信じたのか、それ以上の追求はしてこなかった。
ただ神妙な顔つきに、視線を落としてまた何か考え始めたことは判る。
ヒックスはそれを止めようとは思わなかった。
ハイランドに行く。
そう言った佳乃には、必要な思考だ。
それに、佳乃の思考はイグラシオの悩みとは違う。長い時間をかけずとも答えにたどり着くものだ。
あとはその考えの途中、邪魔をしないようにハイランドまでの旅路を支えてやれば良い。
きっと、それはイグラシオにとっても、自分にとっても悪い方向へは進まないはずだ、とヒックスは確信していた。