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ナターリヤさんが家出してきました。

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第8話



■前回までのあらすじ■
ナターリヤさんにお味噌を買ってきてもらいました。
まったく、自分の身体をもっと大事にしてもらわなければ・・・!
くしゅん!寒いですね・・・。


一人が当たり前になったのは、いつからだっただろう。一緒にいた人は、いつしかどこかへ行ってしまった。殻に閉じこもって、そのあと扉を開いてからも、家では一人きりだった。誰かと暮らす温かさを、今、ようやく思い出したのかもしれない。

雨に濡れたまま、本田とナターリヤは帰路についた。本田が持ってきた傘は、すでにずぶ濡れになった二人にはあまり意味がなかったようだ。それでも降りしきる雨からは少しだけ守ってくれた。ナターリヤは寒さで肩を震わせた。雨に濡れて、身体が冷えきっているのだ。
「ナターリヤさん、風邪をひくといけませんから早くお風呂に入ってください。」
そういいながらも、本田はくしゅんとくしゃみをする。それを見てナターリヤはむうと眉間にしわを寄せた。
「お前のほうが先に入ったほうがいい。私のせいでこんな風になったんだし。」
先程からくしゃみをしている本田を見た。元々はナターリヤが足をくじいたからこんなことになったのだ。本田に責任はない、というと、本田はまたにっこりと笑う。公園で見せた怖い笑顔だ。
「二度目はないと言ったのを、もうお忘れですか?」
その顔をされると、逆らえない。ナターリヤは下を向いて小さくつぶやいた。
「わ、わかった・・・。」
まだ少しだけ痛む右足を庇いながら、ナターリヤは浴場に向かった。ナターリヤがきちんと風呂に行ったのを確認して、本田はタオルで身体と頭を拭く。彼女は無茶をしすぎる。ナターリヤのやることは滅茶苦茶だった。自分のことを全く顧みない。まるで必要ないと言うかのように。
(もっと、自分を大切にしてください。貴女は、女の子なんですから。)
先程言った言葉が、彼女にきちんと伝わったかはわからない。
けれど、少しは理解してくれたのかもしれない。
本田はナターリヤが風呂からあがってきた時のために、お茶と救急箱を用意したのだった。



ナターリヤは、水を吸って重くなった自分の服を脱ぎ捨てた。ばちゃ、と鈍い音がしてそれは床に落ちる。前に、本田に買ってもらった服だった。
(私は、もらってばかりだな。)
自然と頬が緩んだ。いつもならこんな顔はできない。きっと、自分の居場所を理解したからかもしれない。ちゃぽんと、温かい湯船に爪先から入っていく。挫いたときに擦れた右足の傷が、少しだけ染みた。温かいお湯に浸かりながら、本田が家を出る前に沸かしておいてくれたのだと思った。
(あいつには、全部わかっているんだ。)
ナターリヤが雨に打たれていることも。ここに来た理由も。ナターリヤは自分の居場所を見つけた。温かくて、居心地がよくて、優しくて、いつまでもそこにいたいと思えるような。
「私は、きっと・・・」
そのあとに続く言葉は、もうわかっていた。だから、言わなかった。いつかその時がきたらでいい。その時がいつ来るかなんて、ナターリヤにはわからないけれど。



風呂からあがったナターリヤが居間に入ると、本田はぐったりと倒れていた。
「あがったぞ・・・って、本田、どうした!撃たれたのか!?」
ナターリヤは本田のそばに寄って、上半身を起こさせる。混乱して戦場と同じようなことを言うナターリヤに、本田は擦れた声で笑った。
「撃たれるわけ・・・ないじゃ、ありませんか・・・大丈夫、ただの、風邪です・・・。」
はあはあ、と息を途切れさせながら苦しそうに言う。本田の額に触れると、とても熱かった。
「熱がでてる・・・風邪薬はあるか?」
「救急箱の中に・・・」
本田は机の上に用意してある救急箱を指差した。ナターリヤはコップに水を入れて持ってくると、その薬を本田に手渡す。震える手で薬を飲んだ本田は、そのまま静かに寝息を立てた。
「寝た・・・のか・・・」
ナターリヤは床に倒れたまま眠りについてしまった本田を見つめる。布団に連れて行ったほうがいいに決まっている。しかし女の身体で、小柄とはいえ一人の男を移動させるのは至難の業である。それに居間から本田の寝室は一番離れたところにあり、引きずっていくのも大変である。ナターリヤはよし、と小さく呟くと痛む足を堪えながら自分が借りている寝室に本田を引きずった。朝片づけた布団を寝室に敷き、本田を寝かせる。引きずってきたにも関わらず、相変わらず本田は寝息を立て続けた。
(疲れていたのかも、しれないな・・・私の、せいか・・・。)
ナターリヤは台所でタオルを濡らし、本田の額にのせた。荒い息を吐きながら、苦しそうに寝がえりをうつ本田を見て、胸が痛くなった。
「ごめんなさい・・・。」
聞こえるはずもないのに、口に出していた。どうしてかはわからない。言わなければいけないと、思った。ぽちくんが本田の周りできゃんきゃん鳴いた。
「静かにしてなきゃ駄目だ、ぽちくん。」
くうんともう一度鳴くと、ぽちくんも本田の枕元に丸くなって寝てしまう。ナターリヤは寝ている本田を見つめた。ここにいたい。ずっと、ここに。無意識のうちに身体が動いて、本田に口付けていた。自分がしたことに気づき、頬を朱に染める。
(ああ、私は本田が・・・「   」なんだ。)
ナターリヤはふああと大きく欠伸をして、こてんと横になった。
しばらくして、ナターリヤの寝息が聞こえ始めると、本田はぽりぽりと頭を掻いた。顔は真っ赤に染まっていた。
「ど、どういうことですか・・・」
まだ感触の残る唇に触れながら、本田は呟いた。その言葉は、誰にも聞かれることはなかった。