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ナターリヤさんが家出してきました。

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第9話



■前回までのあらすじ■
不覚にも、風邪を引いてしまいました・・・。
ナターリヤさん、看病ありがとうございます、って・・・こ、これはどういうことでしょう・・・。


こてり、と本田の隣に横になったナターリヤは、すぐに規則的な寝息を立て始めた。本田はまだ顔を赤らめたまま、どうすることもできない。上半身だけを起こすと、自分の唇に手をあてた。まだ、彼女の唇の感触が残っていた。隣で寝ているナターリヤを見て、微笑み、きらきらと光る白銀の髪に触れた。シルクのようなさわり心地の髪を、ゆっくりと撫でる。さらりと流れる髪を一房だけ取り、その毛先に口付けた。

愛しい。

それが一時の気の迷いだとしても、目の前に眠るこの少女が愛しい、そう思った。
「貴女には、心を乱されてばかりです。」
小さな声でつぶやくと、もう一度横になった。隣に眠るナターリヤとぽちくんをよしよし、と交互に撫でて、おやすみなさいと呟いてから、もう一度深い眠りにつく。温かい、心が落ち着く場所。心が、安らぐ場所。ここが、私の場所。



本田は、台所から聞こえてくる音で目を覚ました。
「な、・・・・ターリヤ・・・さん?」
まだぼんやりとする頭で寝室をでて、台所に向かうと料理をしていたナターリヤがこちらを向いた。
「ほ、本田・・・具合は、どうだ?」
「ええ、もうだいぶ・・・よくなりました。看病してくださったんですね。ありがとうございます。」
本田がにこ、と笑うと、ナターリヤは顔を真っ赤にした。どうやら先程のことを思い出したようだ。
(な、なにをやっているんだ私は・・・!これでは何かしたと言っているのと同じじゃないか・・・!)
「ええと・・・ナターリヤさん?」
「な、なんでもない!今夕御飯を作ってるから、もうちょっと待ってろ。」
そういえば、と窓の外を見ると、もう日が暮れていた。昼食もとらずに眠っていたようである。ナターリヤはまた台所のほうに向きなおし、料理を作り始めた。本田は居間に戻り、座布団の上に座る。

恥ずかしい、という気持ちがないわけではない。ナターリヤに寝ている間にキスされたというのはもうわかっているし、けれどナターリヤは本田が気付いていないと思っているようなので別に言う必要もない、と思った。なによりあたふたとするナターリヤを見ているのが、本田にとっては一番楽しかった。あの口付けが、なんのためのものなのか、そんなことは知らないし、知ったところでどうにかなるものではない。きっとナターリヤは自分のことなんてなんとも思っていないのだから。
それでも、自分のために料理を作ってくれたり、看病してくれるのは、嬉しい。好きな人が、自分を気にかけてくれる。こんなに嬉しいことはなかった。

ぼんやりと考えていると、ナターリヤが食膳を運んでくる。
「本田・・・大丈夫か?まだ具合悪いんじゃないのか?」
「いえ、すみません・・・。ちょっと考え事を。」
ナターリヤは本田のことを心配していた。こん、と高い音がして、食卓に並べられたのは、小さな一人鍋に作られたお粥だった。
「まだ、ちゃんとした御飯食べられないかと思って・・・。」
ほかほかと湯気のたつ鍋。お粥の真ん中には梅干しが添えられている。
「ナターリヤさん、お料理苦手じゃなかったんですか?おいしそうですね」
「し、失礼な!私だって料理の本をみればこれくらいは!」
ちょっとむっとしたナターリヤを、本田はすみません、と宥めた。ふうふうと熱いお粥を冷ましてから口に入れると、身体がほんわりと温かくなった。
「おいしい・・・・おいしいです。ナターリヤさん。」
ナターリヤのほうを向いて笑うと、つけていたエプロンをくしゃ、と握る。
「~~~~~~っ!」
なにも言わずにそっぽを向いたナターリヤに、本田はふふ、とまた笑った。
「もしかして、照れているんですか?」
下を向いて隠そうとするナターリヤの顔を覗き込む。
「み、見るな、ばか!」
ナターリヤは耳まで赤くなっていて、叫びながら顔を両手で覆う。本田は、珍しいものを見た、とにやにや口角をあげた。
「隠さないでくださいよ」
本田が顔を隠しているナターリヤの両腕に触れると、やだ!とナターリヤが手を振りほどいた。その反動でナターリヤは机に足をひっかけてしまう。ぐらりと、ナターリヤの身体が前のめりに揺れた。
「あ、ぶなっ!」
畳にぶつかる、と目をつぶったナターリヤだったが、目を開けるとすぐそばに本田の顔がある。
「な、・・・!」
つまづいて転んだナターリヤを、本田が全身で受け止めていた。恥ずかしくてナターリヤはすぐに立ちあがろうとする。しかし、本田の腕がナターリヤをしっかり抱きしめていた。
「動けない・・・んだが・・・。」
「・・・・もう少し、このままでも・・・・いいですか・・・。」
ナターリヤからは、本田の顔が見えなかった。首だけこくりと動かして返事をする。
本田は、ナターリヤの髪をさらりと撫でた。ナターリヤがかあ、と頬を染める。本田の腕の中は、温かかった。動けない。でも、このままで。

心臓の音がうるさい。
どうかあなたに、聞こえませんように。どうか。どうか。

(しかし・・・いつまでこうしていればいいんでしょうか・・・。)
(本田・・・いつになったら離すんだろう・・・。)


((ずっと、こうしてたいなあ・・・。))

そばにいたい。
思うのは、同じ事。