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この手が届いたら

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もう一度、始まり



「ねえ帝人君、これって誰だか分かる?」
病室の真っ白なベッドの上で、臨也が首をかしげて写真を差し出す。それは臨也の部屋にあった、最近のほうのアルバムの一つで、何かの役に立つだろうと新羅が持ってきてくれたものだ。
帝人は差し出された写真を横から覗き込んで、ああ、と一つ頷いた。
「正臣ですよ」
「まさおみ?」
「紀田正臣。僕の親友で幼馴染です」
事実この臨也と言う男は、かなりえげつないことを親友にしたらしいのだが、そんなことは言わなくてもいいかと結論付ける。ふーん、帝人君のねえ、と写真を眺める臨也も、興味は無いだろうし。
「じゃあ、こっちは?」
「それは門田さんですね、あなたの高校時代の同級生でしたっけ」
「あ、そういえば俺って何歳?」
「23・・・24?どっちなんでしょうか、5月が誕生日だってききましたけど」
「へえ」
そうなんだ、と瞬きをする臨也を見るに見かねてか、新羅が大きくため息をついて、肩をすくめて見せた。
「本当に全部忘れちゃったんだねえ、帝人君のこと以外」
声をかけられて初めて新羅に気づいた、という顔をした臨也が、ケラケラと笑って写真をぽいっとサイドテーブルに放った。
「必要ないからじゃないの?まあ、日常生活に支障はないし。えーっと、先生の名前なんだっけ。岸本?」
「岸谷。っていうか臨也が先生とか呼ぶの、気持悪いよね」
新羅って呼んで、新羅って。そう言われたのを、臨也はヤダ、と断ってばったりとベッドに倒れこんだ。
「名前で呼ぶのは帝人君だけにするんだ。すごく分かりやすく特別でいいでしょ」
「臨也さん、恥ずかしいこと言わないでくださいよ」
帝人はサイドテーブルに投げられた写真をまとめながら、それでもまんざらでもなさそうに笑う。既に、季節は真夏を越えて、秋へと移り変わろうとしていた。




帝人は正直、廃ビルの屋上から落ちた時のことを良く覚えていない。ただ、誰かが引っ張ってくれたような感覚だけがのこり、気づけばビルとビルの狭間の通路に座り込んでいた。
臨也の姿も見えず、ぼんやりとその場に座り込んでいる帝人に、新羅から電話が入ったのはそのときだった。
臨也が突然危険な状態を脱したという連絡で、驚いて病院に駆け込んだ帝人の目の前で、臨也は目を開けて・・・帝人に向かって手を伸ばしたのだった。
「あの静雄のことさえ、憶えていないんだもんなあ」
やれやれ、と息を吐く新羅。
臨也は、目覚めたとき自分の経歴や今まで関わってきた人間の一切を覚えていなかった。日常生活が出来る程度の常識的なことは全て覚えていて、字もかけるし買い物も支障なくできる。けれども長年の友人である新羅はおろか、あれほど憎み合って殺しあった静雄のことさえ、「誰?」と首を傾げる始末。そんな臨也が唯一覚えていたのが、帝人の事だった。
データ的なことから、幽霊として接していた時のことまで、そのすべてを臨也はきちんと覚えていた。あの日廃ビルの屋上で、君を忘れたくないんだと叫んだことが嘘のように。
「なんだってそんな、極端な記憶喪失が出来るんでしょうか」
真顔で問いかけた帝人に、臨也はやっぱり、幸せそうに笑ってみせた。
「きっと俺、これを見越して帝人君の記憶だけ体に置いていったんじゃないのかな」
「体に、置いていった?」
「そう、持って幽霊になったら忘れちゃうってわかってたんじゃない?少しの空白なら俺なら推理できるし、君を忘れちゃうより、君以外を忘れちゃうほうがずっといいじゃない」
あまりにも簡単に、そんなことを言う。
帝人はなんと答えていいのかわからなくて、息を飲んだ。今まで関わってきた全ての人間関係を捨てて、帝人一人を覚えていることを・・・選んだ、と臨也がいう。
あの時帝人がそう答えたように。
臨也もまた、そんなことは些事だと、言う。
「帝人君、手を貸して」
「はい、どうぞ」
乞われるまま、差し出した手を臨也が握り、その指先まで形を確かめるように触れてゆく。
「触れられるっていうのは、本当に、いいことだよね」
しみじみとそんなことを言いながら。
なぜだか帝人は泣きたくなって、だから臨也をぎゅうっと抱きしめてあげることにした。



ああほら、やっと。
君に、この手が届く。
作品名:この手が届いたら 作家名:夏野